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2020年09月25日

児童文学作品「ブランコ一回転!」前口上

 こちらで公開した児童文学作品、「図工室の鉄砲合戦」以後も、いくつかの作品を執筆していました。
 その中のいくつかは完成に至り、応募した作品もありますが、残念ながら今のところ結果は出ていません。
 中には持ち腐れにしておくには惜しい、自分では「面白い!」としか思えない(←作者なので当たり前)作品もあり、折を見て公開しておこうと思いました。

 今回は「ブランコ一回転!」という作品に、例によってイラストをたくさんつけてアップしていく心づもりです。

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 主人公・鈴木ヒサトは、小学四年生。
 メガネをかけた小柄な少年。
 ヒサトの通う二子浦小学校には、あるウワサが広まっていた。
 それは、「十年前、ブランコ一回転に成功した伝説の子どもがいる」というものだった。
 夏休み明けの9月、ヒサトはウワサが本当かどうか確かめるために、じっさいにブランコ一回転にチャレンジするのにハマっていた。
 そのトレーニング中、駅前商店街の小さなお稲荷さんの祠のある公園で、謎の美少年と出会う……

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 世界観は前出「図工室の鉄砲合戦」と同一で、二年ほど遡った過去のエピソードになります。
 各シーンのイラストが描けたら、順次記事としてアップしていきます。
 
 乞う御期待!
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2020年09月27日

「ブランコ一回転!」第一章1〜3

第一章


 そいつにはじめて出会ったときのことは、今でもよくおぼえている。
 あれは夏が終り、そろそろ秋がやってくるころのことだった。
 だれもいない公園、すみっこにあるブランコ。
 そいつは、たった一人でそこにいた。

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 二つぶらさがったブランコのうちの一つにスッと立った姿を、今でもはっきり思い出せる。
 その少年は、公園の入り口に立つぼくの方を、じっと見ていた。
 少年の立つブランコは、まるでだれものせていないように、ピタリと止まっている。
 ぼくはなぜか、むねのあたりがザワザワと波立ってくるのを感じた。
 さらりと肩までのびた長いかみ。
 色白で細い顔だち。
 黒く光る大きな目。
 そいつはまるで、女の子のように見えた。
 なぜ男の子だとわかったかと言えば、着ているトレーニングウエアやスニーカーの色・デザインからだ。
 そいつは本当にきれいな顔をしていた。
 テレビやマンガの世界には、よく「美少年」が登場する。
 でもそれはオハナシの中だけのこと。
 ぼくの身のまわりで、美少年とよべるヤツなんて、一人もいない。
 それが、ここにいた。
 ぼくは本物の美少年というものを、はじめて見てしまったんだ。
 そいつとぼくがむかいあっている公園は、高いビルにかこまれた谷間のようなところにあった。
 遊具と言えばブランコとすべり台、砂場だけ。
 ベンチが二か所あり、入口あたりには小さな花だんもあるが、日当たりが悪いせいか、草花には元気がない。
 赤いヒガンバナだけが、あちこちに咲いていた。
 そう、その日はたしか、九月二十五日だった。
 ちょうど秋のお彼岸がおわりかけていたので、日付けまでおぼえている。
 ヒガンバナのさかりが、そろそろすぎようとしていたっけ。
 公園のまわりには、背の低い木が何本かヒョロヒョロと枝をのばしている。
 その中に、一本だけりっぱな大木がある。
 クスノキだ。
 歴史を感じさせる大木で、もしかしたら何百年も前からそこに立っているのかもしれない。
 でも今は、まわりのビルのじゃまにならないように枝がかりこまれ、公園の中にきゅうくつそうに囲いこまれている。
 まわりのビルと、みっしりしげったクスノキの枝のせいで、あたりはますますうす暗くなっている。
 クスノキの下には小さな祠がある。
 お稲荷さんらしく、オモチャみたいな扉の外には、やきものでできた小さな白いキツネが二匹ならんでいる。
 祠の前には大人の背たけぎりぎりくらいの朱色の鳥居がならんでいて、おなじく朱色のノボリの列がある。
 まだ午後六時までには時間があるはずだけど、あたりはすでにうす暗い。
 ヒガンバナが咲いているので、いつもより公園の風景が赤く、それもあって、夕ぐれっぽく見える。
 ぐるりと公園をとりかこむビルが、かたむいた太陽を早々にかくしてしまって、よそより早く日がくれているんだ。
 お稲荷さんとヒガンバナの朱色がよく目立っている。
 うす暗い公園で、そいつの顔だけが、白くうき上がっているように見えた。
 ふと目が合った。
 そいつはしばらくだまったままこちらを見つめ、それから「ニッ」と小さく笑った。
 ぼくはぞくっとみぶるいした。
 もう秋も近いから、Tシャツに半ズボンだとさすがに夕方は寒くなってくるのか……
 でも、それだけじゃなく、ぼくはあることに気づいてしまった。
 そいつの両手はブランコのロープをにぎっていなかった。
 つまり、手ばなしでブランコの上に立っていたんだ!
 すわっているならともかく、ブランコの板の上に、ロープをつかまず立つなんて!
 ふつうならできるはずがない。
 ただでさえむずかしいそんな芸当を、そいつはとくにバランスをとる様子もなく、こともなげに、ただスッと立っていたんだ。
 はじめ、そのおかしさに気づかなかったのは、そいつがあんまり自然に、ムリなく立っていたせいだ。
 いったい何者なのだろう?
 はじめて会ったその瞬間から、ぼくはその美少年に夢中になってしまった。



 ぼくの名前は鈴木ヒサト。
 小学四年生。
 ついでに言えば、チビでメガネをかけている。
 からかって「メガネくん」とかよばれることもあるけど、仲のいい友だちは、そんなよびかたはしない。
 ふつうに「ヒサト」とよぶ。
 最近ハマっているのは公園のブランコだ。
 夏休み明けからずっと続けている。
 四年生にもなると、だいたいみんな、ブランコ遊びは卒業しているものだ。
 でも、ぼくにはどうしても達成したい目標があった。
 それは、ブランコを大きくこいで、一回転することだ。
 ブランコ一回転!
 それは、子供ならだれもが一度は目指す夢じゃないだろうか?
 小さいころから公園でブランコに乗って、立ちこぎもできるようになる。
 そして小学生になるころには、かなり大きくこげるようになる。
 するとみんな「もっとこいだら一回転できるんじゃないか?」と、そんな風に考えるようになる。
 でも、じっさいにためしてみて、かなり高くまではこげるけれども、それ以上はムリだとわかる。
 ふつうは、そこであきらめる。
 あきらめるというか、「ブランコ一回転」ということ自体を忘れてしまう。
 小学生には他にいくらでも楽しい遊びがある。
 新しいゲームとかね。
 できもしないことにいつまでもこだわっているヒマはないんだ。
 それでもごくまれに、あきらめない子どももいる。
 一度ハマると、いつまでもそれだけをつづけてしまう。
 はやりがおわって、みんな見むきもしなくなったあとも、一人でずっとそれを続けてしまう。
 まわりがどう思おうと、関係なくなってしまう。
 ぼくがまさに、そんなタイプだ。
 その日もぼくは、小学校から帰ったあと、自転車に乗って近所の公園をめぐっていた。
 今年の夏休みが終わってからの約一カ月、「一回転」を目指してみたが、まだ成功はしていない。
 ブランコを横から見て水平ぐらいまでは行っている気がするんだけど、そこから先へは、なかなか進めないでいた。
 ぼくはそれを「水平のカベ」とよんでいる。
 ぼくだけじゃなく、一回転をめざした子どものだれもがぶつかる、大きなカベだ。
 それでも「ブランコ一回転」という夢に向けて、わかってきたこともあった。
 それは、一回転を目指すためには、乗るブランコをえらばなければならないということだ。
 一口にブランコと言っても、大きさや材質に、それぞれちがいがある。
 普通はそこまで意識しないんだろうけど、ぼくは本気で一回転を目指しているので、そのあたりを細かく調べつくした。
 まず、つられているクサリが、長いものから短いもの、太いものから細いものまでいろいろあるんだ。
 何本かの鉄棒を連結したものや、ロープのような材質のものもある。
 すわる部分の板も、木のものからプラスチックのもの、ゴムでできたやわらかいものまで様々だ。
 ぼくのこれまでの研究からいえば、一回転を目指すためには、まずブランコからえらばないといけない。
 クサリはなるべく細く短いもの、できればロープのようなものがいい。
 すわる板の部分は、木よりもプラスチックのほうがいいんじゃないかと思っている。
 つまり、ブランコの高さはなるべく低く、重さはなるべく軽いほうがいいということだ。
 自分の体重とプラスしてブランコ自体も軽く、高さが低いほうが、子どもの力で大きくふりやすい。
 第一、あんまり高いブランコを大きくこぐと、こわい。
 だからぼくの日々のトレーニングは、「一回転」にむいているブランコをゲットすることからはじまるんだ。
 なるべく低く、なるべく軽く。
 そういう条件に合うブランコは、ふつうの児童公園というよりは、どちらかというと小さい子用の幼児公園においてあることが多い。
 ここで、ちょっと問題がおこる。
 小さい子用のブランコを、小学4年生のぼくが、あんまり長い時間ひとりじめするのは、どうなんだということだ。
 ぶっちゃけ、はずかしい。
 小さい子の見ている前であぶないのりかたをするのも、ちょっとよくない気がする。
 付きそいで来ているママさんたちの視線が、つきささってくる感じがする。
 小学四年生としてそんなことがわかるくらいには、ぼくは空気読む方だ。
 心おきなくトレーニングに集中するためにも、なるべく小さい子たちが少ない時間帯や、公園の場所をえらばないといけない。
 家から自転車で通えるはんいで、トレーニングにむいた公園をいくつかピックアップして、まわっていく。
 毎日つづけているうちに、あるていどトレーニングの時間やコースが決まってきた。
 小さい子たちは、だいたい午後五時ごろにはおうちに帰ることが多い。
 だから五時から六時までの一時間ほどが、ぼくの大切なトレーニングタイムになるというわけだ。
 そいつに出会ったのも、そんなトレーニングタイムが終りにさしかかった時間、場所でのことだった。


 時間はしばらく巻きもどる。
 まだ夕方にはなっていない。
 いくらかかたむいた太陽は、まだまだ高い。
 ぼくはブランコに乗っている。
 小一時間あとに、なぞの美少年と出会うのは、また別の公園、別のブランコでのことだ。
 立ちこぎをしている。
 ヒザで思いきりいきおいをつけ、一こぎごとにスピードをあげる。
 ブランコのかたむきはだんだん大きくなってくるけど、そのうち限界がやってくる。
 例の「水平のカベ」だ。
 前の方にゆれきったちょう点で、足もとのブランコの板がふっと消えてしまったような感じになるんだ。
 それ以上はちょっとこわくなって、こげなくなってしまう。
(もう少し、もう少し……)
 頭ではいっしょうけんめいなんだけど、どうしても体の方がついてこない。
 やがてぼくはあきらめ、立ちこぎをやめる。
 まだ大きく動き続けているブランコの板にすわり、一息ついて、ブランコが自然に止まるまでのゆれに身をまかせる。
(どうしても、足もとの板が消えたみたいに感じたところで、それ以上はこげなくなっちゃうな……)
 ブランコが止まったあとも、ぼくはしばらく考えつづけている。
(あの水平のカベをこえたら、一回転いけそうな気がするんだけど……)
 問題は、そこだ。
 水平のカベを真正面からこえるのは、たぶんムリなんだ。
 なにか、もっとべつの方法は?
 ブランコにすわったまま考えていると、小さい子たちがそのブランコ目当てに何人か集まってきた。
(そろそろ場所を変えるか……)
 ブランコわきに止めていた自転車にまたがり、さっさとその公園をあとにする。
 次のお目当てのブランコにむかって、ペダルをこいでいった。
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2020年09月28日

「ブランコ一回転!」第一章4〜5


 午後五時すぎ。
 まだ明るい。
 ぼくは自転車で走っている。
 駅前商店街のかたすみにある「いなり公園」のブランコは、ぼくの一番お気に入りのトレーニング場所だ。
 そもそもあまり遊ぶ子供がいない、じみな公園だった。
 商店街の片すみなので、近くに子供のいる家がもともと少ない。
 その上、ビルの谷間にあるので昼でも暗く、古いお稲荷さんの祠まである。
 お稲荷さんの祠と、そのうしろのクスノキの大木にはなにやらいわれがあるらしい。
 カンバンになにか説明が書いてあるみたいだけど、古すぎてもう文字が読めなくなっている。
 こういっちゃなんだけど、子供がよろこぶような明るいフンイキではない。
 もっとはっきり「うす気味悪い」と言ってしまってもいい。
 そのかわり、遊具のブランコだけはごく最近、新しくなったらしい。
 低めの骨組みに、ロープでプラスチック板がつってある。
 鉄の骨組みに塗られたペンキの色が、まだあざやかだ。
 こういう低くて軽いタイプのブランコは、ぼくの考える理想の「一回転用ブランコ」に近いんだ。
 遊ぶ子が少なく、ブランコも理想的。
 だから他でトレーニングをつんだあと、さいごの仕上げにこの公園に来ることにしている。
 ただ一つの欠点は、蚊が多いことだけど、これはまあ、虫よけスプレーしてればなんとかなる。
 家に帰る午後六時過ぎまでのしばらくの間、ここで一回転できるかどうかためしてみるのが、いつものコースになっていた。
 じつをいえば、この稲荷公園でトレーニングしていることは、友だちや家族にもヒミツにしてある。
 公園の場所が問題なんだ。
 ここは校区外なので、あまり一人で出かけてはいけないことになっている。
 家からはわりと近いんだけど、ぼくの家は校区のはしっこあたりだから、方角によってはすぐ校区外だ。
 とくにこの公園のまわりは、駅前商店街の、なんとなく小学生がうろうろしちゃいけない、おとなむけのフンイキの一画だ。
 4年だから、それぐらいはわかる。
 でも、ぼくには「ブランコ一回転」という夢があって、それにはこの公園のブランコが、どうしても必要なんだからしかたがない。
 ぼくの乗る自転車は、商店街を走っている。
 地方の私鉄ぞいなので、それほど都会じゃないけれども、スーパーや色々な飲食店、小さいながら映画館なんかも、一通りそろっている。
 目指す公園の近くには、劇場もある。
 そこでどんな出しものをやっているのか、くわしくはわからない。
 なんとなく「時代劇をやっているところ」というふうに思っている。
 劇場の大きなカンバンに、ハデな着物の役者さんの姿があることが多かったからだ。
 はじめは映画館か何かかと思っていた。
 けど、たまに出入り口あたりで、着物姿でメイクをしたままの役者さんが、お客さんたちと話をしているのを見かける。
 それで、「ああ、ここって、お芝居をするところか」とわかったんだ。
 カンバンは、たまに新しくなる。
 絵が変わり、お芝居も変わっているらしい。
 どうやらいくつかの劇団が、入れかわりでお芝居をしているらしい。
 こう見えてもぼくは、時代劇がけっこう好きだ。
 おばあちゃん子なので、小さいころからおばあちゃんといっしょによくテレビで時代劇を見ていた。
 だから今でも、テレビや映画やゲームで、サムライとかチャンバラとか出てくると、真剣に見てしまう。
 サムライにあこがれてるので、四年生になってからは剣道もはじめてる。
 だから、駅前商店街の劇場のこともちょっと興味はあって、おばあちゃんに話を聞いてみたこともある。
 おばあちゃんはここでよくお芝居を見るらしい。
 けど、ぼくが今ハマっているのは「ブランコ一回転」だ。
 他のことはぜんぶあとまわしなので、いつもそのまま通りすぎていた。
 ぐずぐずしておばあちゃんと出くわしてもまずいしね。
 目指す公園は、その劇場のすぐうら手にあった。
 そして場面は、ぼくとあのなぞの美少年の、出会いの瞬間にもどるわけだ。


 公園の入り口に立つぼくと、ブランコに立つ、なぞの美少年。
 おたがいがおたがいを、じっと見ている。
 この美少年、チビのぼくより少しは背たけがありそうだ。
 でも、小柄であることにかわりはない。
 たぶん年は同じくらいだけど、顔は見たことがない。
 この顔は、一度でも見かければ忘れないだろうから、今までに会ったことはないはずだ。
 ここは校区外だし、きっとぼくとはちがう小学校に通っているのだろう。
 美少年は「ニッ」と笑ったまま、無言。
 何を考えているのか、まったくわからない。
 声をかけたものかどうかまよっていると、美少年は、フワッと飛ぶようにブランコからおりた。
 なにしろ、ロープをつかまず、ブランコの板の上に、ごく自然なようすで立っていたやつのことだ。
 とびおりる時にも、とくにバランスをとることなく、むぞうさにおりた。
 まるで体重がないみたいな動きだった。

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 そのままブランコをぐるりとかこむ鉄パイプのさくに、これもごく自然なようすですわった。
 手ばなしでブランコに立つほどではないけど、足のつかない鉄パイプの上にすわるのは、けっこうむずかしいはずだ。
 ぼくでも短い時間なら、バランスをとりながらさくにすわことはできる。
でも、この少年は小ゆるぎもせず、いつまででもすわっていられそうだ。
(え〜と、どうしようかな?)
 ぼくは少しためらいながらも、ブランコにむかった。
 時間もないことだし、とりあえず、自分のトレーニングをすませておくことにした。
 面白そうに自分をながめている少年のことは、気にしないことにした。
 さっき少年がのっていたのとちがう方のブランコにすわった。
 すわったまま少しいきおいをつけてから、立ちこぎにうつる。
 いつも通りしばらくこぐ。
 ブランコのふりがだんだん大きくなる。
 いつも通りだ。
 それが限界までくると、やがて足もとの板がふっと消えてしまったような感じ。
 水平のカベだ。
 それ以上は、ちょっとこわくなってこげなくなってしまう。
(もう少し、もう少し……)
 頭ではもっとこごうとするのだが、どうしても体の方がついてこない。
 これも、いつも通り。
 なんとかこの「水平のカベ」を突破する方法はないものか?
 力まかせにもっとこぐか。
 それとも何かもっとべつの方法が……
 それにしても気になるのは、目の前の少年だった。
 少年はうすく笑ったまま、ぼくのトレーニングをながめている。
 しばらくながめたあと、急に「あ、そうか!」と声をあげた。
 ちらちら気になっていた少年がいきなり声をあげたので、ぼくは思わず立ちこぎをやめた。
 大きくゆれるブランコにのったまま、少年の方を見た。
 少年は目をキラキラかがやかせながら、まっすぐぼくの方を見ている。
「あ、じゃましてごめん!」
 少年はつづけて言った。
「キミって、もしかして一回転めざしてる?」
 ずばりいいあてられて、ぼくはドキドキしながらも、うなずいた。
 少年はかろやかな笑い声を立てた。
「やっぱりそうか! へ〜、こんなとこにもいたんだなあ!」
 なにが「やっぱり」なのか、まったくわからない。
 ぼくがこぐのをやめると、ブランコのゆれはすぐに小さくなってくる。
「一回転、できそう?」
 少年がきいてくる。
「わかんない。まだできたことはない」
「だろうね」
 ぼくは少しムッとした。
「じゃあ、そっちはできるのかよ」
 自分の声がとがっているのがわかる。
 少年は少し考えてから、
「どうだろね」
 と、いった。
「うん。でも、むずかしいのはたしかだ」
 ひとり言のように、うなずきながらそういった。
 ぼくは、そのもののいいかたが、ちょっと気になった。
 もしかしてこいつは、ブランコ一回転について、何か知ってるんじゃないだろうか?
 体重がないみたいな、少年のあのフシギな動きのことが、ふと思いあたった。
 まさかこいつ、一回転できるんじゃあ……
「もしかして、一回転やったことある?」
 ぼくは、おそるおそるきいてみた。
 少年は、ニッと笑った。
 質問には答えずに、ビルのすき間からのぞく、すっかり暗くなった空を見上げた。
「今日はそろそろ時間だから、オレ、もう行かなきゃ」
 そして、ぽつりと言った。
「レン」
 とっさに意味が分からなかった。
「レン?」
 少年はうなずく。
「キミは?」
 ちょっと考えて、ようやく「レン」というのが少年の名前だと気がついた。
「ぼくはヒサト」
「ヒサトか。明日も来る?」
「毎日来てるよ。同じくらいの時間に」
「じゃあオレも来る」
 それだけ言って美少年レンは、フワッとブランコのさくから飛びおりた。
 朱色の鳥居やノボリ、そしてヒガンバナの横をすりぬけて、レンは軽やかに走り去った。
 ぼくはただそれを見送った。
 なんだかこっちのタイミングがぜんぶはずされたような、変な感じだった。
 ぼくはさいしょにレンが立っていたブランコを見た。
 ふと、気づいた。
 自分がすわっているブランコとくらべると、プラスチック板の部分が一段高くなっている。
 ドキッとした。
 見上げてみると、ロープが上の鉄パイプの骨組みに一回引っかけられてぶらさがっていた。
 そう、まるでそのブランコが一回転したあとみたいに……
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2020年09月29日

「ブランコ一回転!」第二章1〜2

第二章


 翌日。
 九月二十六日、木曜日。
 ぼくは給食のあと、クラスの自分の席で、考えことをしていた。
 昨日の夕方、商店街の公園で出会った少年、レンのことが頭からはなれなくなっていた。
 だれもいない夕ぐれの公園
 とつぜんあらわれた、なぞの美少年
 思い返してみると、なんだか夢の中のできごとのような気がしてくる。
 そして。
 ブランコのロープが、上の鉄棒に一回引っかかっていた、あのフシギ……
 どうなんだろう?
 あれは本当に、ブランコが一回転したあとなのだろうか?
 ブランコのロープやクサリが、上の鉄パイプに引っかかってぶら下がっているという、たんにそれだけのことなら、今までにも見たことがある。
 自分でやったこともある。
 でもそれは、ブランコが本当に一回転したあとではない。
 すわる板の高さ調節などのために、持ち上げたりひっぱりあげたりして、回したものだ。
 ブランコの高さ調節なら、ほかにもいくつか方法がある。
 板の部分を縦にグルグル回転させてクサリにねじれを作り、そのぶん短くする方法。
 クサリの両方で輪っかを作り、板のはしっこを引っかける方法などだ。
 わざわざ板の部分を持ち上げて上の鉄パイプに引っかけるのは、一番めんどくさい。
 骨組みづたいに上までよじのぼって、ブランコをひっぱり上げなければならないし、元にもどしにくいので評判の悪いやり方だ。
 たまに実行するヤツがいたとしても、それは高さ調節というよりは、イタズラ目的だ。
 どちらにしろ、あまりそんなことをやるヤツはいない。
 昨日いなり公園で見たあれも、ふつうに考えれば、たんなるイタズラだったのだろう。
 美少年レン本人がやったのかもしれないし、たまたま先にイタズラされたブランコにのっていただけなのかもしれない。
 おとつい同じ公園に行った時には、ブランコにとくにかわったところはなかった。
 ここでぼくは、もうひとつ気になることを、思い出してしまう。
 それは、ぼくがブランコ一回転にチャレンジしはじめた夏休み明けごろから、きのうのブランコみたいに上の鉄棒に一回引っかかるイタズラが、あちこちの公園でみつかっていたことだ。
 ふつうはあまりやらないイタズラが、この一カ月近く連続している。
 小学生のあいだで「またやってるヤツがいる!」とウワサになっている。
 でも、犯行現場を見たヤツも、一人もいない。
 そしてあの、レンのこと。
 ニッと笑った美少年レンの、あやしいフンイキ。
 まるで体重がないみたいな、フワッとした身ごなし……
 連続イタズラ事件と、レンのあいだには何か関係があるんだろうか?

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「よう、ヒサト!」
 もの思いにふけっているところに、友だちのタツジンが声をかけてきた。
 タツジンの本名は、土橋タツジ。
 ニックネームどおり、色んな遊びの達人だ。
 ぼくとは1年のころからの友だちだ。
 今までハマってきた遊び、釣りもタコ上げもケンダマも、みんなタツジンにおそわった。
 およそ体をつかった遊びで、タツジンに苦手なことはない。
 背はぼくとおなじくらいでチビだけど、ぼくとちがって運動神経バツグンなんだ。
 ちょっと人見知りで無口、マイペースなところがあるので、友だちはあまり多くないけど、似たようなところがあるぼくとは、なんとなく話があう。
 じつは、今ぼくがハマっているブランコ一回転も、タツジンといっしょにはじめた。
 それは、夏休み明けの、タツジンのこんな一言がきっかけだった。
「ブランコで一回転って、ほんとにできるのかな?」
 ふつうに考えたらできないんだけど、ぼくたちが通う二子浦小学校には、ある「伝説」があった。
 子どもたちのあいだで広まっている伝説。
 本当かウソかよくわからないウワサ話。
 それは、かんたんにまとめると、こんな感じだ。
「今から十年前、ブランコ一回転に成功した伝説の子どもがいるらしい」
 けっこう広まっているウワサで、うちの小学校の生徒なら、たぶんだれでも一度は聞いたことがあるはずだ。
 もちろん、そんなウワサ話を、みんながそのまま信じこんでいるわけではない。
 低学年のころは、わりと本気で信じている子が多かった。
 ぼくもけっこう本気にしていた。
 けど、学年が進むとともに、だんだん本気にしなくなってくる。
 いくらブランコをこいでみても、だれ一人成功しないので、自然に「よくあるいいかげんなウワサ話」だと思うようになるんだ。
 そこを、もう一回やってみようとするのが、タツジンの変わったところだ。
 タツジンのいい分は、こうだった。
「一度できないと思ってしまうと、もうだれもチャレンジしなくなる。でも、低学年のころできなかったことでも、4年の今なら、できるんじゃないか? 逆に、もっと大きくなったらできなくなることも、今の体の大きさと力の強さのバランスなら、できることがあるんじゃないか? 鉄棒で大車輪ができるんだから、ブランコ一回転だって本当はできるんじゃないか?」
 それは、体を使った遊びの天才、タツジンならではの発想だった。
 だから、二人でチャレンジすることにした。
 自分ではできなくとも、タツジンならなんとかなるんじゃないかと思った。
 タツジンがそれを成功させるなら、その現場をナマで見たかった。
 ところが。
 一週間くらいトレーニングをつんだあと、タツジンは「うーん」と、うなった。
 そして、「ヒサト、わるい。これ、やっぱりできんわ」と、それだけいいのこしてやめてしまった。
 タツジンといっしょのトレーニングは、それきりになった。
 きっとタツジンにはタツジンなりの「見切り」がついたんだろうと思う。
 理屈ではなく、体を動かしてみた感覚で「できる」「できない」がわかってしまうのがタツジンだ。
 今までにも、いろいろチャレンジしてきて、できたこともあれば、できなかったこともあった。
 だからブランコ一回転をあきらめることも、たくさんの成功やたくさんの失敗の中の一つなので、べつにめずらしいことじゃない。
 天才のものの考え方、感じ方は、ぼくにはわからないけど、タツジンが「できない」と思ったのなら、たぶんそれは正しい。
 でも、ぼくはやめなかった。
 タツジンに引っぱられて、小さいころとはくらべものにならないほどブランコが高くこげるようになって、楽しくなってきてしまった。
 それに、なんとなくだけど、ふつうに考えつくのとはちがう、なにかべつの方法のようなものがあるんじゃないかと、そう思ったんだ。
「じゃあ、ぼくはもうちょっとやってみる!」
 そういって、あとは一人でつづけてきた。
 ぼくとタツジンは、いつもつるんでいるわけじゃない。
 どっちかというと二人とも、だれかとずっといっしょというのは苦手なのだ。
 つるむのは、もりあがった時だけでいい。
 あとはそれぞれ、マイペースでかまわない。
 ぼくとタツジンは、そういう友だちだった。
「それで、ブランコ一回転はどうなった?」
 とくにからかっているようすでもなく、タツジンが聞いてくる。
「おまえだったら、まともにこぐだけじゃなくて、なんか工夫しようとしてるんだろ?」
 さすがタツジンは、ぼくのことがわかってる!

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2020年09月30日

「ブランコ一回転!」第二章3〜5


「ヒサト君、ちょっといいかな?」
 タツジンとそんな話をしている時、クラス委員の「トノサマ」が、なかま入りしてきた。
 トノサマも、ぼくとはけっこう仲が良い友だちだ。
 本名は殿山マサル。
 背がひょろりと高く、おぼっちゃん風で、名前のひびきがなんとなく「トノサマ」なのだ。
 ニックネームだけでなく、じっさい家は金持ちっぽい。
 地元で昔からつづいている旧家というやつで、古くて大きなお屋敷に住んでいる。
 成績バツグンの優等生で、いつもクラス委員をやっている。
 まわりのことはいっさい気にしないマイペースな性格だけど、おぼっちゃん育ちらしくおっとりしているので、きらわれはしない。
 けど、友だちはそれほど多くない。
 というか、友だちがどうとか、自分がどう思われてるとか、そういうことにトノサマ本人はぜんぜん興味をもっていないのだ。
 だから、トノサマほどではないけど、似たようなところがあるぼくやタツジンとは、多少ウマが合う。

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「キミがブランコで一回転を目指しているって聞いて、ちょっと興味が出て調べてみたんだよ」
 トノサマは言った。
「ネットでもいろいろ調べてみたんだけど、結論から言うと、ふつうのブランコをひとりの人間がこいでるかぎり、一回転というのは不可能みたいだね」
 ぼくやタツジンにおかまいなく、トノサマは自分の話に早くも夢中だ。
「理論的に、水平の高さまでは行けるんだけどね、それ以上こごうとしても、失速してもどっちゃうんだよ」
 ぼくはだまって話を聞きながら、頭の中ではいろいろ答えている。
(わかってるよ、「水平のカベ」だろ?)
(わざわざ調べなくても、じっさいやってみて、タツジンもぼくもそう思ったよ)
(タツジンなんて、ちょっと練習しただけで、すぐわかっちゃったよ)
(こっちはそこから先をなんとかできないかと、がんばってるんじゃないか!)
 ぼくはトノサマの説明を、ちょっとうんざりしながらも、一通りはうなずきながらきいた。
 トノサマなら、なにかぼくの知らない情報を探し当ててる可能性もあるからだ。
「不可能というか、けっこう危険みたいだよ。ムリして水平以上にこごうとすると、ブランコのクサリがたわんで、落下事故をおこすかもしれないんだって」
「でもよー、鉄棒で大車輪ってあるよな。あれはなんでできるんだ?」
 タツジンが口をはさむ。
「うん、あれはね、クサリやロープみたいな、たわむものじゃなくて、両腕でしっかり支えてるからまわれるんだって」
「じゃあ、クサリじゃなくて一本のしっかりした棒みたいなのでつってあるブランコだったら、一回転できるってこと?」
「理論的には可能だけど、大車輪みたいに自分の体重だけじゃなく、ブランコの板や、つってる鉄の棒の重さもプラスされるから、子どもの体力だけだと、むずかしいんだってさ。だれかに押してもらったりしたら、できるかもしれないらしいけど」
 さすがトノサマ、よく調べてきている。
 自分の興味が八十パーセント、ぼくへの親切心が二十パーセントってところかな。
 茶化したりするだけのやつらよりはぜんぜんマシだけど、基本的に「わかってないな」と、ぼくは思った。
 ぼくはなにも、調べて「正解」を知りたいわけじゃないんだよ……


 ぼくはちょっと話題をかえてみた。
「トノサマは、十年前の伝説の子どものウワサをどう思う?」
「ああ、十年前にブランコ一回転に成功した子どもがいるっていう、あのウワサ?」
「そうそう。あれはたんなるいいかげんなウワサ話なのかな?」
 トノサマは口もとに手をあてて、ちょっと考えた。
「そのウワサについて、調べるのはおもしろそうだと思うね」
「おもしろいって、どういうこと?」
「ちょっと整理してみようか。『十年前』というウワサは、かなり前からある。少なくとも、ぼくたちが小学校に入ったころには、もうあったよね。たぶん、もっと昔からあったんだろう。だから『十年』という数字自体は、ぜんぜんあてにならないね」
 ちょっとびっくりした。
 さすがトノサマだ。
 ぼくはそんなふうに考えたことは、今までに一度もなかった。
 トノサマはつづけた。
「ぼくたちがそのウワサをさいしょに聞いてからだって、もう四年たってる。マジメに考えたら、毎年一年ずつ数が増えていかないとおかしいけど、みんなそのまま『十年前』といいつづけてる」
「じゃあ、やっぱりいいかげんなウワサだったってこと?」
 トノサマは首をふりながら「まだそうとはいいきれない」といった。
「調べると、『ブランコ一回転に成功した子どもがいる』というウワサ話は、わりとあちこちにあるようなんだ。でも、本当に成功した子どもはいない。物理的にムリなんだから当り前だけど」
「じゃあ、やっぱり……」
「いやいや、ちょっとまって。気になるのは、うちの学校のウワサ話に、『十年前』という条件がついてることなんだ。これには、なにか意味があるのかもしれない。
 ぼくは『ブランコ一回転』が本当にできるとは思わないけど、『十年前』と区切ったウワサが、なぜうちの小学校にだけ伝わってるかということには興味があるんだよ」
 聞きながら、ぼくは感心していた。
 ブランコ一回転をじっさいやってみるんじゃなくて、調べて、考える。
 それがこんなに奥深いなんて。
 じつは、はじめのうちはトノサマの話を、ちょっとバカにしながら聞いてた。
 じっさいやりもしないで調べるだけなんて、なにがおもしろいんだと思ってた。
 でも今は、調べるっていうこと、考えるっていうことも、これはこれで、じゅうぶん冒険じゃないかって、そう思い始めている。
「昔の二子浦小学校を知っている人に話を聞いたら、何かわかるかもしれない。ちょっと調べてみるから、なにかわかったらまた話すよ」
 ぼくはトノサマにお礼をいった。
「そういえば、ぼくのお父さんはこの小学校出身だから、なにか知ってるかもしれないな」
 トノサマがすかさず質問してくる。
「ヒサト君のお父さんは、今何才?」
「たしか三十四才」
 うなずきながら、トノサマの頭はもう回転しはじめているらしい。
「タツジ君のお父さんは?」
「おれのおやじはたしか三十六才だけど、このへんの生まれじゃないぜ」
 タツジンが答える。
 トノサマはいった。
「うちのお父さんはこの小学校出身で、今四十五才。年代のちがう卒業生たちに話を聞けば、あのウワサがいつごろからはじまったのか、わかるかもしれないね……」
 トノサマすげー!
 ぼくは内心、舌を巻いた。


 そのとき、チャイムが鳴った。
 そろそろお昼休みがおわって、午後の授業が始まる。
 そのとき、ぼくはふと気づいた。
 そういえば、ぼくはあのなぞの美少年、レンのことを、さいごまで口にしなかった。
 べつにわざとじゃない。
 なんとなく話しの流れでそうなっただけなんだけど、気づいてみると、われながらちょっとフシギな気がした。
 タツジンやトノサマと、さんざんブランコ一回転の話をしたのに、なぜぼくはレンのことにふれなかったんだろう?
 わざと話さなかったというよりは、まったく思い出しもしなかった。
 あんなにインパクトの強い美少年だったのに……
 頭の中にレンのあの「ニッ」という笑顔が浮かんできて、なぜかちょっとゾクゾクしてしまった。

posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | ブランコ一回転! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする