htjc00.png

2014年05月14日

図工室の鉄砲合戦1

第七章「図工室の鉄砲合戦」


 そしてついに、決戦の日が来た。
 時は火曜日の放課後、所は図工室。
 そのとき、コーサクは緊張しきっていた。
(なんでこんなことになってんだ?)
 自慢の輪ゴム鉄砲をにぎる手は、じっとりと汗ばんでいる。
(けっこう人が集まっちゃってるよ……)
 図工室には美術部6人と、乱入三人組+殿山マサル以外にも、けっこうな人数の観客が集まっていた。いずれも6年1組のクラスメイトたち、男子生徒を中心に十数名。そうとうなにぎわいである。
 キョウが休み時間中に、図工室で輪ゴム鉄砲の決戦をやると宣伝してしまったのだ。
 コーサク自身は観客を集めることなど、まったく望んでいなかったのだが、相手が勝手にやることは止められない。
 意外だったのは、クラス委員の神原シオネまでもが、「図工室の鉄砲合戦」が行われることを認め、みんなにも見に来てほしいと説明していたことだった。
 不安になったコーサクがバンブーに意見を求めると、そのまま人を集めさせておいた方がいい、という答えが返ってきた。
「審判のいるきちんとしたゲームじゃねーからな。ボロ負けに逆ギレした相手側が、なにか反則したり無茶したりするかもしれねー。観客がいっぱい見てる前ならめったなことはできんだろう」
 そんなものかと、一応コーサクは納得した。
 トノサマ(殿山マサル)が、集まった観客に向ってルール説明をしている。
「今日は、美術部が作った高性能の輪ゴム鉄砲と、ぼくたちがお店で買った6連発式の輪ゴム鉄砲で、試合をしたいと思います。それぞれのチームメンバーを紹介しましょう。美術部チームが神原シオネさん、鈴木ヒサトくん(コーサク)、土橋タツジくん(タツジン)、佐竹アキノブくん(バンブー)の4人。
 連発鉄砲チームが、織田ヒロトくん(タイショー)、米田ノボルくん(ノボ)、相田キョウイチくん(キョウ)、そしてぼく、殿山マサルの4人です。
 今、この図工室には、机と椅子を使って双方の陣地が作られています。要するに、それぞれの陣地はお祭の射的のお店のようなものと考えてください。
 よーいドンで双方の陣地から4人のメンバーが出陣し、相手の陣地の戦国フィギュアを、先に十体たおしたチームの勝ちです。相手チームのメンバーを輪ゴム鉄砲で撃って邪魔するのは一応「アリ」ですが、ドッジボール方式で、肩より上をねらうのは反則です。
 なお、安全のために参加者は全員、水中メガネをかけることになっています。ルール説明は以上です。何か質問のある人はいますか?」
「そんなのはいいから、さっさとはじめろよ!」
 すかさずヤジが飛ぶ。
 タイショー、ノボ、キョウの乱入三人組は、ニヤニヤ余裕をかまして笑っている。自分たちが負ける可能性など、まったく考えていないのだろう。しかし、気の毒だが、恥をさらすことになるのは、おそらくむこうの方だ。
(でも……)
 ざわざわと好奇の視線飛び交う図工室で、コーサクはたった一人、迷子になったような心細さを感じている。
 今朝学校に来るまでは、ぜったいの自信を持っていた。達人クラブの三人と、スーパークラス委員・神原シオネが共闘するのだから、相手が誰であっても圧勝するしかないと予想していた。おかげで昨夜はよく眠れたし、登校する時も心は弾んでいた。
 そんな上々の気分が木っ端みじんに壊されたのは、今日の朝、学校に来てから、タツジン、バンブー、神原シオネと作戦会議をした時のことだった。
 バンブーの意外な提案で、局面がまったく変わってしまったのだ。


 その朝、美術部チームで集まったとき、バンブーはいきなりこんな提案をしてきた。
「おれと神原は、輪ゴムを鉄砲に引っかけることに集中することにした」
「えっ!?」
 いきなりのことに、おどろくコーサク。
「今日の決戦では単に勝つだけじゃなく、工作隊の実力を見せつけてやるんだ」
「どういうこと?」
「よーいドンで同時に的を撃ち始めたら、先に十体全部倒すのはぜったいこっちだ。それは間違いない」
 コーサクはうなずいた。自分もそう考えていたので、安心しきっていたのだ。
 バンブーは続けた。
「でも、あっちもまぐれで何体かはたおすだろう。あいつらに運があれば、けっこう追い上げられるかもしれない。負けることはないだろうが、そうなると、せっかくおまえの開発した新型輪ゴム鉄砲の値打ちが落ちる。相手に『惜しかった』と思わせたらダメだ。やるときはボロ勝ちして完全に息の根を止めないと、あいつら、いつまでも嫌がらせを続けてくるぞ」
 たしかにその通りかもしれないと、コーサクは思った。
 では、どうするか?
 バンブーの立てた作戦は、こうだった。
 美術部側のメンバー4人のうち、バンブーと神原シオネは、鉄砲に輪ゴムを装てんすることに集中する。そしてタツジンは、二人が輪ゴムを装てんした鉄砲を、射撃することだけに集中する。
 タツジンの早撃ちの技術で、二人のバックアップがあれば、むこうの連発式以上の速さで連続射撃が可能になるはずだ。
 この三人のグループは、自分の陣地にこもって、相手のメンバーを迎撃する。
 いくら連発式でも、手元を撃たれ続けたらねらいをつけられなくなり、まぐれあたりもなくなるだろう。三人がそれぞれの鉄砲を持って迎撃にあたってもいいが、バンブーと神原シオネには、相手の手元だけを、はずさず正確に撃ち続けられるほどの技術はない。
 そんなことができるのはタツジンだけだ。
「戦国まつりで孫末さんに教えてもらったことを応用するんだ」
 たしかに雑賀孫末さんに教えてもらった、戦国時代の雑賀鉄砲衆の戦法と同じ発想だ、と思った。
 ある伝承によれば、雑賀衆は数人が一組のチームを作って、一人の熟練の射手を残りのメンバーがサポートする戦術をとっていたという。
 射撃名人一人にたいして、何丁かの火縄銃と、弾込めに必要な人員を用意して、正確で素早い連続射撃を可能にしていたというのだ。それは織田信長が「長篠の戦い」で行ったという射手三人三交代による「三段撃ち」よりはるかに効率的で、信憑性の高い戦術だったという。
 一応、バンブーの作戦は理解できたのだが、コーサクはすぐに疑問もわいてきた。
「でも、迎撃するばかりじゃ、こっちの勝ちにはならないんじゃないの?」
「そこでコーサクの出番だ」
 タツジン、バンブー、神原シオネの三人は迎撃に専念し、残るコーサクは相手の陣地の戦国フィギュアを倒すことに専念するのだ、とバンブーは説明する。
「でも、相手もこっちをマネして、迎撃要員をつけてくるんじゃないの?」
「大丈夫だ。おまえには例の得意技があるだろう?」
「得意技?」
「あれだよ、遠距離射撃。おまえもこっちの陣地にこもって遠距離射撃でねらえば、相手の迎撃なんて関係ないだろ」
 なるほどと思った。しかしコーサクは、すぐにあることに気づいてしまった。
「ということは、ぼくが戦国フィギュアをたおせなかったら……」
「そう、おれたちの負けだ。この作戦はおまえの射撃にすべてがかかってる」
「……!」
 コーサクはおどろいてタツジンの方を見た。
「いい作戦だ」
 タツジンはたった一言、答えた。
 タツジンがそういうなら、そうなんだろう。
 神原シオネも笑ってうなずいた。このスパークラス委員は、事前に説明を聞いていたようだ。
「コーサク、まかせたぞ。達人クラブの実力を見せつけてやれ! おまえの開発した輪ゴム鉄砲の性能を見せつけてやれ! おまえの技を見せてやれ!」


 バンブーがドンッ!とコーサクの背中をたたいた。
「コーサク! はじまるぞ!」
 バンブーの声が鋭くひびき、コーサクは現実に引き戻される。
 そうだ、ここは戦場だった!
 朝、新しい作戦を聞いてから、休み時間、お昼休みを使って、タツジン中心の連続射撃の連携と、コーサクの遠距離射撃の特訓は積んできた。
 ここまできたら、やるしかない!
 ここは戦場だ。
 戦場では、やられるまえにやれ!
 開戦の時は来た。どこからともなく、法螺貝と陣太鼓の音がひびいてくる。続いて盛大な鬨の声。それはまるで、図工室に戦国時代がそのまま出現したような大音響だった。
(なんだこれ?)
 コーサクがあたりを見回してみると、美術部不思議ちゃん、小島ハルカがCDラジカセの再生ボタンを押しているのが見えた。ものすごく真剣な顔つきで、自分の役目を果たしている雰囲気である。
(不思議ちゃん、すげー。どこからこんな効果音を?)
 そう思った瞬間、また背中をドンッとたたかれた。
「コーサク、ボーっとすんな! 配置につけ!」
 バンブーが叫んだ。
 花村ナオミが開戦を告げるクラッカーを「パンッ!」と鳴らした。
 図工室の鉄砲合戦が今、火ぶたを切って落とされたのだ。

htjc31.JPG

(クリックすると画像が大きくなります)


(つづく)


posted by 九郎 at 21:06| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月15日

図工室の鉄砲合戦2


 殿山マサルは連発式鉄砲を片手に、相手陣地にかけつけた。
 学校一の秀才の立てた作戦は、ごくシンプルだった。
 6連発式輪ゴム鉄砲を持った4人全員が相手の陣地に攻めよせ、並べてある机から、さらに右手をのばして、なるべく近距離から輪ゴムを乱射するのだ。
 机から的までは約2・7メートルあるが、身を乗り出して手をのばせば、実質2メートルほどまで短縮することができるだろう。
 弾になる輪ゴムはビニール袋にいっぱいつめていき、敵陣についたら、まず袋の輪ゴムを出して机の上に積み上げる。装てん済みの6本を撃ちつくしたら、その場ですばやく装てんしなおす。
 トノサマは、おそらく美術部チームも同様の作戦をとってくるはずだと読んでいた。的を最短時間でたおすだけなら、他の作戦は考えられない。
 あとは6連発式の「物量」と、美術部側の射撃の「質」の競争になるはずだ。
 他の三人組はともかくトノサマ本人は、美術部側の「質」はかなり高く、強敵だと思っていた。それでも「物量」が勝つと判断したのは、トノサマの日本史に関する知識による。
 あの戦国まつりで、お坊さんや鉄砲隊の人たちに聞いた話は、非常に考えさせられる内容だった。寺内町や雑賀鉄砲衆という、学校では習ったことのない歴史に、興味をそそられ、がらにもなく興奮してしまった。
 それまでのトノサマは、歴史とは教科書の年表に出てくるような、有名な人物やできごとのことだと思っていた。戦国時代であれば信長、秀吉、家康という天下統一の流れこそがただ一つの正解で、その他はやっぱりどこか劣っていたり間違っていたりしたからこそ、歴史にならなかったのだと考えていた。
 しかし、年表にあらわれない歴史の事実関係をくわしく調べてみれば、寺内町のように他の戦国大名とはちがう国造りもあったのだと理解できたし、織田軍の鉄砲隊が必ずしも戦国最強ではなく、雑賀衆というユニークな集団が存在したこともわかった。
 歴史にたった一つの正解はなく、今学校で教えられている以外にも、様々な可能性があったのだ。
 そこまでは納得できた。
 しかし、とトノサマは考える。
(でもやっぱり、最後は織田軍の「物量」が勝ったんだよね)
 原理原則で言えば、そうなるはずなのだ。織田鉄砲隊をしのぐ実力を持った雑賀鉄砲衆も、石山合戦を勝利に導くことはできなかったのだ。
 現実はもしかしたら、原理原則通りにはいかないのかもしれない。それはわかる。ならばぜひ一度、それを直接自分で体験してみたかった。
「学校の勉強と現実は違うよ」
 誰もが認める秀才であるトノサマは、まわりの大人から度々かけられるこの一言が、ずっと気になっていた。
 大人は子供に勉強することを熱心に勧めるくせに、文句をつけようもないほど勉強した子供に対しては、こういうことを言いたがる。
 トノサマはそんな言葉を投げかけられるたびに、「ふ〜ん、そんなものか」と思うだけで、別に腹はたたなかった。じゃあ、いずれその「勉強とは違う現実」とやらを、勉強してやろうと思っていた。
 知らないことは、勉強すればいい。簡単なことだ。
 機会さえあれば、自分は「現実」とかいうものを勉強しつくして、自分のものにできるという自信があった。
 今回の鉄砲合戦は、良いチャンスだと思っていた。自分の予想には自信があったが、もしかしたら美術部の面々なら、予想を上回ってくれるのではないかという期待があった。
 現時点の自分の勉強を上回る「現実」に出合った時、自分の心に何が起こるのか? 目の前で起こる不測の事態に、自分は即座に対応できるのか?
 ものすごく興味があった。
(さて、どう出る? 美術部のみんな)
 そして、美術部の陣地に到着してみると、そこに予想外の「現実」が待っていた。一瞬「おどろき」に満たされたトノサマの心は、次の瞬間には「喜び」に置きかえられていた。


(なんだ、これは!)
 トノサマは敵陣の前に並べられた机の上に、輪ゴムをどっさりのせながら、喜びとともに「観察」した。
 美術部側は、誰一人陣地から出てこなかった。戦国フィギュアを並べた台の左右に、独自に机と椅子を使って「柵」を作っていた。向かって右には、タツジン、バンブー、神原シオネの三人、左にはコーサクが一人、「柵」のうしろに隠れるように位置していた。
 この「柵」は、雑賀衆が主に防戦に使った戦術、「鉄砲構え」という陣地の作り方をもとにしているのだが、トノサマはそれを知らない。
(なにが始まるんだ?)
 そう考えながらも、自分の正面の戦国フィギュアにむけて、一気に6本の輪ゴムを浴びせようとしたとき、鉄砲をにぎった右手の甲に、異変が起こった。
「痛!」
 ビシッというするどい痛みが走ったのだ。どうやら手元を狙撃されたらしい。
「つっ!」
「あいて!」
「いって〜!」
 自分のチームの他の三人からも、次々に悲鳴が上がる。
(あれか!)
 向かって右側の、美術部三人こもっている柵の方をみると、タツジンが次々に輪ゴムを撃ちかけてきているのがわかった。ものすごい連射のスピードである。ほぼ1〜2秒に一発の間かくで、正確に狙撃してくる。
(速すぎる! もしかして連発式を使ってるのか?)
 もちろんそうではなかった。椅子の柵のむこう側にちらちら見えている輪ゴム鉄砲は、何度も見たコーサク考案のものだ。
 単発式の鉄砲で、撃っているのはタツジン一人。なのにどうしたわけか、こちらのチームの4人ともが、かまえようとするたびに正確に右手を撃ち抜かれる。痛みでねらいが定まらない。それでもなんとか引き金を引きまくるのだが、痛みに耐えながらの射撃では、まったく戦国フィギュアに当たらない。
(なんでそんな早撃ちができるんだ?)
 答えはすぐにわかった。タツジンのうしろにひかえるバンブーと神原シオネが、何丁もの輪ゴム鉄砲をとりかえ、輪ゴムを装てんしながらバックアップしているのだ。
 撃っているタツジン本人は、うしろをふりかえりもせずに、リレーのバトンのように装てん済みの鉄砲を右手で受け取っている。
 一発一発輪ゴムの装てんのために体勢を崩さずにすむので、いつもに増して射撃が正確だ。撃ち終わった鉄砲は左手でうしろの二人の方へ回しており、三人の一連の動作が、まるで工業用ロボットのように整然としている。
(すごい! 機能美ってああいうものか!)
 トノサマは敵の姿に感動している。

htjc32.jpg


(でも、いくら迎撃しても、こちらのチームの戦国フィギュアをたおさなければ、むこうの勝ちにはならないはず。どうやってこっちの陣の的を撃つつもりなんだろう?)
 はじめは三人を防戦にあて、残るコーサク一人が出陣するのかと思った。それなら、こちらのチームも一人は迎撃に回した方がいいかとも考えたのだが、当のコーサクはむかって左の「柵」から出てくる気配はない。柵にしている椅子の背もたれの部分に輪ゴム鉄砲の銃身をのせ、なにやら角度を慎重に調節している模様だ。
 一体、何をするのかと思っていると、いきなり他の輪ゴム鉄砲の発砲音とはまったく違う音が、空気を切り裂いた。
 バヒュン!
 普通の輪ゴムとは違う大型のゴムバンドが、うなりを上げて飛んでいく。コースは真っ直ぐではなく、野球の遠投のような山なりだ。頂点で勢いを失ったゴムバンドが、トノサマのチームの陣地に吸い込まれるように落下していく。
(当たる? まさか!)
 その「まさか」が起こった。
 当った。
 戦国フィギュアの一体が、ゴムバンドに巻き込まれるように椅子から落下していった。
 ぞく、
 ぞく、
 ぞく……
 トノサマの背筋を何かが走り抜けていく……
(つづく)
posted by 九郎 at 22:09| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月16日

図工室の鉄砲合戦3


 コーサクのはなった一発目が命中してからしばらくおいて、図工室につめかけて観戦していたクラスメイトたちから、どよめきが起こった。
「やった! コーサクがあんな遠くから当てやがった!」
「すげー!」
 男子にとって「凄腕のスナイパー」という存在は、特別である。
 スポーツができるということと同じ種類の尊敬を集めることができる。
 それはたかが輪ゴム鉄砲であってもかわらない。
 しかし、コーサク本人は、まったくうれしそうではなかった。
(今のは、ラッキーだ)
 冷静に分析する。
 はじめから最初の2〜3発は、大型ゴムバンドの軌道と、銃身を固定する角度の確認に使うつもりだった。たまたま一発目に当たってくれたおかげで、何度か試射して確認する手間が省けた。素直に、自分の「つき」に感謝する。サポートしてくれるタツジン、バンブー、神原シオネのためにも、自分はぜったい負けられないのだ。
(さあ、ここからは、単なるラッキーじゃないぞ!)
 ゴムバンドをかけ、銃身の上下角は一発目のまま固定。あとは、次の標的に対して、まっすぐの方向に銃身を振る。引き金を、力まずそっと引く。
 バヒュン!
 一拍置いて、敵陣の戦国フィギュアがゴムバンドに巻き込まれて落下する。
 2体目命中、残り8つ。
 あわてず、ていねいに、次のゴムバンドをかける。
 同様に、三発目。
 バヒュン!
 命中。
 残り7つ……

htjc33.jpg



「ちくしょう! 調子にのりやがって!」
 いらだったキョウが、コーサクに向けて輪ゴムを乱射する。
「無駄弾を撃つな! 的に集中しろ!」
 トノサマは、とっさに自分の口から、意外なほどするどい言葉が出たことにおどろく。
 椅子の向こうで身を隠して遠隔射撃を行っているコーサクに、何発撃ってもまったくの無意味だ。そんな時間と弾があるなら、一発でも多く戦国フィギュアに向けて撃った方がいい。
 しかし、キョウの焦る気持ちもわかる。こちらはまだ一体もたおせていないのだ。
 タツジン、バンブー、神原シオネの三人一組による超早撃ちは、まことに厄介な戦法だった。とにかく、ねらいをつけようと右手をのばす度に、手の甲に鋭い痛みが走るのだからどうしようもない。
 それに、さっきからどうにも気になるのが、足元だった。
 なぜか、微妙に滑るのだ。
 ツルツルというわけではないが、狙いをつけて踏ん張ろうとすると、少しだけ滑る。
 ねらいをつけようとした時に、どうも気になって集中できない。
 まるで床のワックスがけをした翌日のような感触。ワックスがけ自体は、この図工室も三週間ほど前の学年末の大掃除で行われているはずだ。しかし、それがいまだに残っているわけがないのだが……


 相手チームが微妙に足元を気にしている様子に、神原シオネはチラッとバンブーの方を見る。バンブーは気づいているのかいないのか、とくになんの反応も示していない。
(この子、本当にずる賢いなあ……)
 しかし、自分もその片棒を担いでしまったのだから、人のことは言えない。
 この日の朝の情景が頭の中によみがえってくる。
 約束通り朝一で待ち合わせ、校門が開くと同時に校舎に入った二人は、倉庫からワックスがけに使ったモップを持ち出し、図工室の床の真ん中あたり、ちょうど今、双方の陣地に挟まれた範囲を、念入りにモップがけしていたのである。
「モップに残ってるワックスだけだから、あんまり滑るようにならないけど、こんなのでいいの?」
 神原シオネが質問する。
「あんまり露骨にツルツルだと怪しまれるだろ」
 バンブーはあいかわらずブスッとした顔で言った。
「微妙に滑るってぐらいが、一番神経にさわるんだ」
 一応真面目で模範的なクラス委員で通っている神原シオネは、バンブーの説明に苦笑するしかない。
「いいか、もしバレたら、『図工室を勝手に試合に使うから、せめて事前に掃除しとこうと思った』って言うんだぞ」
 神原シオネは、その時「はいはい」と返事をするしかなかったのだった……
(つづく)
posted by 九郎 at 21:57| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月17日

図工室の鉄砲合戦4


 織田ヒロト、通称「タイショー」は、いきどおっていた。
 何に?
 中途半端な自分に、だ。
 覚悟も準備もせずに、キョウをはじめ、まわりに引きずられ、いい加減な気持ちで戦争を仕掛けてしまった自分の愚かさに、だ。
 約一週間前、転校してきた超大型少年を見たとき、対応に迷ってしまったのがことの始まりだった。
 同級生相手に、一対一で「勝てないかもしれない」と思ったのは初めてだった。
 同じ学年で、自分よりデカいやつを見ること自体珍しい。
 幼いころから体格がよく、空手も習っていた織田ヒロトは、これまでケンカに負けたことが一度もなかった。
 小学校低学年の段階で、すでに上級生からも一目置かれ、手出しされることはなかった。
 織田ヒロト本人は、実はそれほどケンカ好きでもなかったのだが、まわりから「タイショー、タイショー」とかつぎあげられ、ふりかかってくる火の粉を避けないでいるうちに、いつの間にか「浦小のボス」ということになってしまった。
 今時の小学生は一昔二昔前ほどにはケンカなどせず、あまりはっきりした「ボス」はいないのが普通だが、それでも男子は本能的に「ケンカしたらだれが一番強いか」ということは意識しているものだ。
 織田ヒロトの場合、その強さが飛び抜けすぎていたので、今では珍しい「ボス」的な存在になっていたのだ。
 ほんの一週間前までは、そんな自分になんの疑問ももたなかった。
 超大型転校生のバンブーが現れたことで、心が揺らぎ始めるのを感じた。
 単にデカいというだけではない、自分の何もかもを見すかされているような不気味さが、あの転校生にはあった。
 あいつの視線を感じていると、これまで気づかなかった自分の姿が、鏡に写したように自分自身で見え始めていた。
 望んでなった「ボス」ではなかったが、ずっとその立ち位置にいるうちに、それ以外の生き方ができなくなってしまっていたことに気づいたのだ。
 神輿にかつがれ、取り巻きに囲まれるうちに、負けるのが怖くなった。
 くだらないメンツでがんじがらめにしばられて、どうにも身動きできなくなった。
 美術部のやつらには、申し訳ないことをしたという気分も無いではない。
 あいつらが、こんなに気合の入ったやつらだとは思わなかった。たんなるオタクの集まりくらいにしか思っていなかった。
 それに比べて自分はどうだ。
 情けない。
 しかし、このままでは終われない。
 せめて一矢報いなければならない。
 美術部のやつらが全てをかけて戦いに臨んだように、こちらも自分の持っているものを、全部ぶつけなければ気がすまないのだ……

htjc34.jpg


10

 自陣のフィギュアは次々にたおされ、こちらはまだ一体もたおせていない。
(どうする? このままなす術なしか……)
 トノサマがそう考えた時、となりから低い声で指示が飛んだ。
「おまえら、おちつけ。実はそんなに痛くないぞ」
 タイショー、織田ヒロトの声だった。
(そんなに痛くない?)
 トノサマはためしに右手をのばして撃つふりだけしてみた。
 ピシッと当然のように、手の甲に痛みが走る。敵ながら見事なタツジンの腕前だ。しかし、言われてみれば確かにそんなに痛くはない。
(なるほど! 輪ゴムで撃たれるとすごく痛いという先入観があるから、実際より大袈裟に痛みを感じていたんだな!)
 撃たれれば痛いことは痛いのだが、事前に心の準備をしておけば、大騒ぎするほどではないとわかった。ただ、頭でわかっていても、体の方が反射で「ビクッ」となるのは止めようがない。
 再び、低い声の指示が飛んだ。
「片手撃ちをやめろ! 右手の脇をしめて、左手も鉄砲にそえて固定しろ!」
 言われた通りにしてみると、確かに銃身が安定して、手を輪ゴムで撃たれてもぶれにくくなった。
 鉄砲を持つ右手を思いきり的にむけて伸ばしているより、実際にはねらいがつけやすいとわかった。
「足を肩幅にして、かかとをちょっと開け。つま先の方を狭く。そう、ハの字だ。それからひざを軽くおとす」
 試してみると、なるほど足元が滑らなくなった。下半身ががっちり固定されて、ねらいが格段に安定する。
(よし! まだいける!)
 すでに自分たちの陣地の戦国フィギュアは5体たおされていたが、トノサマは巻き返しの希望を持ちなおすことができた。


11

 残り5つ。
 しかし、コーサクの心は、再びゆれはじめていた。
 何がきっかけだったのか、相手チームの射撃が突然安定しだしたのだ。美術部メンバーの射撃技術から見れば、まだまだ初歩的なレベルに過ぎなかったが、「銃身を固定する」という基本中の基本に、相手チームは戦いの中で気づいたようなのだ。
 落ち着いて連発されると少々危ないなと思う間に、自陣の一体目が、ついにたおされてしまった。相手チームが勢いづくのがわかる。
(ちくしょう! 完勝は逃したか!)
 心のゆれは、そのままコーサクの遠距離射撃にも影響する。そこから連続ではずしてしまい、相手チームはさらに一体たおす。
(勝ちたい! タツジン、バンブー、クラス委員のためにも!)
 そう強く強く願うことが体を力ませ、遠距離射撃に必要な微妙な角度調節を狂わせる。
 また連続してはずれ。
 相手チームはさらに一体。その差、二体と追い上げられる。
(ちくしょう! ちくしょう! 勝ちたいよ!)
 コーサクの目尻に、不覚にも涙がにじんでくる。
 工作に熱中したおかげで、仲間ができた。仲間に認めてもらえたおかげで、「メガネくん」から「コーサク」になれた。
 生まれつき目が悪いという身体的特長から自由になって、自分の特技で呼んでもらえるようになった。
 その仲間の信頼を受けて、最高の舞台を用意してもらった。
 ここで勝たなければ、自分はクズだ!
「コーサク! 思い出せ!」
 バンブーの声が飛んでくる。
「闇夜に霜が降る如くだ!」
(そうだ! そうだった!)
 コーサクの脳裏に、戦国まつりで鉄砲衆の雑賀孫末さんに教えてもらった言葉が、電光のようにひらめいた。
(つづく)


次回、ついに決着!


posted by 九郎 at 22:12| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

図工室の鉄砲合戦5

12

――闇夜に霜が降る如く「ひそ」と撃て……
 それは古来より近代の軍隊にいたるまで、戦場での射撃の心構えを説くために、口伝されてきた言葉だという。
 感情を制御し、力みをはなれるための、初歩にして極意の言葉だ。
――闇夜に霜が降る如く「ひそ」と撃て……
 深呼吸をひとつ。
 コーサクは一旦、鉄砲をおろして脱力した。
 目を閉じ、ゆっくり五つ数をかぞえた。
 相手チームはまた一体、たおしたようだ。
 しかし、それは自分の射撃とは関係ない。
 目の前の敵にとらわれてはならない。
 敵は自分の中にある。
 コーサクの心は図工室に存在する体から抜け出し、暗闇の荒野の風景に一人立っていた。
――闇夜に霜が降る如く「ひそ」と撃て……
 今は闇夜だ。
 しんしんと音もなく霜の降る、凍てついた闇夜だ……
 再び目を開いた時、コーサクの顔からはあらゆる表情が消えていた。
 勝ちたい、とは思わない。
 当てたい、とも思わない。
 ただ、理想の角度に体を整え、「ひそ」と引き金を引くだけ。
 射撃は引き金を引くまでの段階で、すでに完成している。
 銃口から出た弾は、そのあとコースが変わったりはしない。
 かまえた時点で、すべて決定している。
 様々な「思い」はそれを狂わせる。
 力みはそれを狂わせる。
 かまえたら、あとは引き金を「ひそ」と引くだけ……

htjc35.jpg


13

「あっ! すごい!」
 殿山マサルは思わず声をあげた。
 コーサクがなぜか調子を崩している間に、あと一歩まで追い上げることができた。このまま行けば逆転勝利も夢ではない、そう思った瞬間、コーサクの放つオーラが一変したのだ。
 バンブーの叫んだ一言がきっかけだったことは間違いない。
(闇夜に霜の降る如く?)
 なんだろう、なにかのお呪いだろうか?
 まったく意味はわからなかったが、コーサクが突然別人のようになったのは事実だ。
 6体目、7体目が連続して倒された。
 非常にゆったりとしたペースで遠距離射撃を続けているのだが、さっきまでと違ってねらいが正確無比になった。
 まるで自分と的以外何もない、無人の空間にいるように、無表情のまま淡々と大型ゴムバンドをかけ、ねらいをつけ、引き金を引いていく。
 すると嘘のように、戦国フィギュアが倒れていく。
 8体目、9体目
 凄い!
 一体、何が起こったのだろうか?
 知りたい! 自分はそれを勉強したい!
 殿山マサルはぼうぜんと眺めながら、そう考えていた。

14

 体が自動で動いていた。
 コーサクの意識は、依然としてその体から半ば浮き上がって、まったく別のことを他人のように考えていた。
(ハハハ、みんな水中メガネかけて何やってんだ?)
 コーサクは意識の中だけでクスクス笑う。「みんな」の中には、無表情に遠距離射撃を続ける自分の姿も入っている。
(みんなメガネくんだ……)
 コーサク! コーサク! コーサク!
 どこか遠くから、名前を呼ぶ声が聞こえてきた。
(コーサク? 誰だそれ?)
 コーサク! コーサク! コーサク!
(ぼくはメガネくんだよ?)
 コーサク! コーサク! コーサク!
(ああ、そうか。コーサクってぼくのことか。そう言えば、もう別にメガネは、かけなくてもよかったんだっけ。かけてる方が、色々楽だっただけで……)
「コーサク! やったな!」
 ドンッと背中をたたかれた。
 そのショックで、すとん、と心と体が一致した。
 さっきまでの心と体がバラバラになったような特別な状態は一瞬にして消え去り、普段のコーサクが目を覚ましたように戻ってきた。
「あっ! バンブー? 試合はどうなった?」
 あわててあたりを見回し、状況を把握しようとする。
 もちろん、コーサクは敵陣フィギュア全てを、倒し終えていた。
 バンブーが笑っている。
 神原シオネが拍手している。
 タツジンが親指を立てている。
 花村ナオミと小島ハルカが、キャーキャー抱き合っている。
 トノサマが拍手している。
 美術部の仲間たちだけではない。タイショーが拍手し、それに引きずられるようにノボとキョウもつき合って拍手している。
 美術部もトノサマも乱入三人組も、そして図工室に集まったクラスメイトたちも、まわりのみんなが、拍手とともに自分の名前をコールし続けていた。
「ごめん、完勝はできなかった。けっこう追い上げられちゃったね……」
 照れかくしに謝ると、バンブーにまたドンッと背中をたたかれた。
「なに言ってんだ! 試合が盛り上がったから、結果オーライ!」
 地味な工作マニアが、はじめてクラスのみんなの喝采を浴びる。
 その甘美な時間はいつまでも続くかに思えたが、突然の怒声とともに、打ち切られた。
「こらあ! おまえら何をやっとるか!」
(第七章おわり。第八章につづく)



次章、戦後処理!
posted by 九郎 at 22:13| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。