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2014年04月29日

戦国まつり1

第四章 戦国まつり



 日曜日になった。「戦国まつり」当日である。
 天気は晴れで、絶好のお祭日和。コーサクは息を切らせながら自転車をこいでいた。
(ぼくっていつも時間ギリギリだよな……)
 原因は自分でもよくわかっている。いつも出発時刻ギリギリまで工作をやっているせいだ。今日も輪ゴム鉄砲いじりを、直前までやっていた。調整に調整を重ね、完璧に自分の手になじんだ一丁は、今、背中のリュックに入っている。
 昨日土曜日は、タツジンとバンブーがコーサクの家を訪れ、それぞれの鉄砲を完成させた。金曜日の部活でほぼ完成していたので、あとは補強のためのネジを打ち、引き金をつけて調整するだけだった。午前中には鉄砲制作を終え、午後は射撃訓練にあてることができた。
 美術部監督の三又先生には、お祭当日、それぞれ自分の輪ゴム鉄砲を持ってくるように言われていた。お祭のアトラクションとして本物の火縄銃による鉄砲演武があるので、もしチャンスがあれば「達人クラブ」三人の輪ゴム鉄砲射撃を、本物の鉄砲隊の皆さんに見てもらえという指令だった。
 そんなことが本当に可能なのかどうか、大の大人が、たかが小学生の作ったオモチャに関心を示してくれるのか、コーサクには疑問だったが、三又先生は笑いながら断言した。
「大丈夫だ! いまどき火縄銃撃ってるような人たちはコドモの心を持ってる! ぜったいおまえらの鉄砲ならウケる!」
 そんなものかと思い、三人は顔を見合わせてうなずいたのだった。
 コーサクは海沿いの堤防をまわりこむように自転車を走らせる。
 小学校のある「二子浦」は、瀬戸内海の大阪湾寄りに位置した小さな港町である。扇型をした小さな二つの湾が連なった地形になっており、お祭のある「二子浦来光寺」は、二つの扇の交わる部分の、海に突き出した岸壁にあった。
 お寺の西側には小さなビーチがあって、シーズンには海水浴もできる。東側には漁港が広がっており、コーサクたちの通う二子浦小学校は、その漁港から少し上った高台にある。
 浦小の面々は、ビーチの駐車場に午前十一時、集合した。美術部(マンガ部+達人クラブ)と歴史研究部所属の小学6年生たち、それに6年1組担任の斎木先生は、それぞれ徒歩や自転車で集まり、コーサクもなんとか集合時間に間に合った。
 学校ではいつもきちんとしたスーツ姿の斎木先生も、さすがに休みの日には多少カジュアルな服装であらわれた。マンガ部の女子三人(神原シオネ、花村ナオミ、小島ハルカ)は、先生の服装をネタに、しばし盛り上がった。女の子にとってはいつもとちがう先生の服装は大問題だったが、その他の男子生徒たちにとっては、とくに興味のない話題だった。

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 引率は歴史研究部の斎木先生だけで、美術部の三又先生の姿はなかった。先にお祭の会場に入っているということだ。堤防にはりつくように設けられた階段をのぼってみると、そこにはいつもの見慣れたビーチとは、まったくちがった風景が広がっていた。
(つづく)


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2014年04月30日

戦国まつり2


 小さな砂浜海岸一面に、色があふれていた。
 海岸に漂着した流木や竹を組み、スダレやブルーシート、アウトドア用品で組み立てられたフリーマーケットのお店が、所せましと砂浜のあちこちに出店されていた。毎年ゴールデンウイークあたりにならないと開かない海の家が、お祭で特別なのか、この日は開いていた。
 この海岸では以前からフリーマーケットがよく開かれていたが、この日は集まっているお店の数がけたちがいだった。ひなびた港町に、とつぜん活気あふれるアジアの市場が出現したような雰囲気があった。
 お店の種類も一風変わっていて、フリマでよくある不用品処分のお店だけでなかった。手作りのお菓子やエスニック料理のテントもあり、ここでもマンガ部の女子三人はテンションが上がった。

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 一同がしばらく歩いたところで、ちょっと変わった紙細工のお店を見つけた。
 商品は「おりがみ兜」だった。おりがみ兜とは言え、小さい子供の頃、よく新聞紙で作ってかぶったような、シンプルなものばかりではない。頭部の長いものや、角の長いもの、複雑な形をしたものを含めると、ざっと二十種類以上はあるだろう。
 たかがおりがみでも、これだけ数と種類がそろっていると、迫力がある。大きさも、大小様々なものがある。大人がかぶれそうな大きなものから、飾り紐やチェーンをつけた小さなストラップ仕立てのものまである。和紙で折ってあり、透明ニスのようなもので固めて型くずれしないようになっている。紙製だがプラスティックのような光沢と強度があるのだ。4月上旬、これから5月人形の準備に入る時期なので、季節柄にはぴったりのグッズだった。
 バンブーをのぞく浦小の面々は、見ただけでその作り方がわかった。なぜなら去年の5月、図工の時間に同じ手法の工作をやったことがあったからだ。
「センセー、こんなとこで、なにやってんだ?」
 コーサクがなかばあきれながら声をかけた。店を開いていたのは、美術部監督、三又アツシ先生だった。
「やあやあ、みなさんいらっしゃい。どうだ? 一つ買ってかないか? お安くしとくぜ!」
「いらないよ。去年、自分で作ったもん」
 コーサクが、ごく当然の受け答えをする。
「ああ、そう言えば、おまえらには作り方教えてやったっけ。じゃあおまえらは買わなくてもいいや。斎木先生、おひとついかがですか?」
 ふだんは「斎木ちゃん」呼ばわりしているくせに、こんなときだけは「先生」かよと、その場にいる小学生は全員心の中でつっこんだ。
「え? 私ですか? じゃあせっかくだから、そこのストラップを一つ……」
「はい、まいどあり! ストラップひとつで五百万円になります!」
「センセー、ネタが古いよ」
「うるせー、こういう場所じゃ、ベタなくらいでちょうどいいんだ!」
「教師って、ほかの商売やってもいいんだっけ?」
 コーサクがたずねると、トノサマがすました顔で知識を披露する。
「たしか副業は禁止のはずですね」
「まあまあ、固いこと言うな! 店つっても、もうけなんかないんだ。うちの店の場合は、今日の売り上げは全額、災害被災地への義援金として寄付することになってるからな。チャリティーだチャリティー!」
「またまた、そんなこと言って、売り上げからいくらか抜くんじゃないの?」
「こらコーサク、失礼なことを言うな! まったく、貧乏教師が善意でやってる活動を、おまえらと来たら……」
 くくくく、と涙をぬぐうポーズをとる三又先生をその場に残し、「じゃ、次行ってみよう」ということで、一同は会場を進んでいった。
「おーい、おまえら! 後でまた来いよ!」
 背中の方から三又先生の声が追いかけてくる。
(つづく)
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2014年05月01日

戦国まつり3


 ビーチに広がるフリーマーケットの風景をぬけ、来光寺が近付くと、昔ながらの縁日の露店風景の一画もあった。
 お祭の中心、二子浦来光寺は、ビーチから石段を上ったところにある。自然の岸壁と、人工の石垣が入り混じった斜面に、つづら折りの急な石段が刻まれている。お寺の背後には地元で「殿山」と呼ばれる小さな岩山が続いていて、ゴツゴツとした岩肌から松の木などがまばらに生えている。昔は小さなお城があったということなのだが、そんな痕跡はほとんど残っていない。岩の間にちらちら見える石垣が、わずかにそんなイメージを伝えてくるだけだ。
 ちなみに、学校一の秀才・殿山マサルは、お寺の背後に続く「殿山」の、北側のふもとに住んでいる。けっこう古くから続く、地元ではちょっと知られた旧家のお坊ちゃんなのだ。
 お寺のすぐ下にある石垣のところには大きな横断幕が吊られている。「二子浦来光寺 戦国寺内まつり」と、なかなか迫力のある筆文字で大書してある。
「戦国てらうちまつり?」
 コーサクが首をかしげながらつぶやくと、横から斎木先生が解説してくれた。
「戦国寺内まつりの『寺内』は、『じない』と読むんだよ。話によると戦国時代の二子浦は、来光寺を中心にした『寺内町(じないまち)』として栄えた歴史があるんだってさ。殿山にあったというお城も、寺内町と一体のものだったそうだ」
「へ〜、そうなんですか……」
 コーサクは一応うなずいたが「お城とお寺が一体のものだった」と言われても、もう一つピンとこなかった。
「まあ、そのあたりは後ほどお坊さんに解説をしてもらうとしよう」
 するとそのとき、話し声をさえぎるほどの大音声がきこえてきた。

 ぼおおおお〜〜〜〜
 ぶをうお〜〜〜〜〜
 どんどこどこどこ
 どんどこどこどこ

 空気をゆるがす法螺貝と太鼓の音に、周囲の雰囲気が一変する。
「お! いよいよ鎧武者行列がきたな!」
 いつの間にか、三又先生も合流していた。
「センセー、お店どうしたの?」
「そろそろイベント開始だろ。どうせお客もこっちに集まるから、店は休憩だ」
 チャリティーなので、あまり商売熱心にもうけるつもりはないらしい。
「あの武者行列は、駅前からここまで、三十分ぐらいかけて行進してきてるんだぜ。このお祭は今年が第一回目だから、この辺の人もさぞびっくりしただろうな」

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 一体どこから集まってきたのか、鎧武者の行列はけっこう人数がいて、小さな二子浦ビーチはしばしものものしい鎧武者に占領されたような格好になった。
「すげー、こんなに鎧を持ってる人がいるんだ……」
「コーサク。あの甲冑行列は、皆さんが全部自分で作って着てるんだぜ」
「えっ! そうなの?」
 がぜんコーサクのテンションも上がってくる。「自作」と聞いては、工作マニアの血が騒いでくる。あとでぜったい作り方を教えてもらおうと決心する。
 マンガ部の女子三人は、それぞれ手持ちのデジカメで熱心に撮影を始めている。お気に入りの武将が前を通りかかると、キャーキャー手をふりながら、シャッターを切りまくる。あれはオダノブナガ、あれはナオエカネツグなどと、鎧兜の形から読み取ってチェックしている。三人とも「歴女」の名に恥じぬ知識量だ。
 通過する行列を見ながら、三又先生はコーサクの肩をポン、と叩いた。
「おまえも作ってみたいか?」
「うん! やりたいやりたい!」
「そうか! ああいうコスプレならマンガ部の女子三人も食いつくかもしれんな。よーし、今度、美術部で作ってみるか……」
「小学生でもできるの?」
「この人たちはたぶん、材料にアルミ板を使ってるみたいだから、ちょっとむずかしいな。でもおれがちゃんとやりやすいように考えてやるから、ま、心配すんな! 授業でやるのは難しいけど、美術部メンバーなら、なんとか作れるだろ」
 そのうち、白いのぼりをはためかせた十人ほどの鎧武者が行進してきた。今まで通り過ぎて行った色とりどりの派手な甲冑姿にくらべると、黒づくめのその一団はちょっと地味に見えた。しかしよく見ると、頭の上が平らで前後にやや長いその兜は、なかなか渋いカッコよさがあることがわかった。そして何より、みんな火縄銃の模型を担いでいるところが目を引いた。
「あの兜、ちょっと変わってるだろ。『雑賀鉢』っていうんだ」
 三又先生が解説してくれる。
「さいかばち?」
「そう、あの三本足のカラスのマークが、有名なヤタガラスだな」
 その一団のかかげる白いのぼりには、黒々とカラスのようなマークが染め抜かれており、「雑賀衆」と大書してあった。
(さいがしゅう? ゲームやマンガに出てくる雑賀孫市の?)
 コーサクはゲームをあまりやらないので、記憶が不確かだったが、信長の敵役としてそんなのがいた気がする。
 そう、たしか鉄砲を武器にしていたはずだ。
「あれが、今日の鉄砲演武を見せてくれる、和歌山の『雑賀鉄砲衆』の皆さんだ」
「え? でも、あの火縄銃は、なんだかつくりものみたいだったよ」
「バカ、本物の銃を街中で持ち歩けるわけないだろ! 行進にはああいう一目でオモチャとわかるやつしか使えないんだよ。後でちゃんと本物も撃ってくれる」
 あれこれしゃべっているうちに、鎧武者の行列は通り過ぎて行った。
(つづく)
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2014年05月02日

戦国まつり4


「先生、ちょっとお店見てまわっていいですか?」
 神原シオネが、おずおずという感じで、斎木先生におうかがいをたてた。
「もちろん。開会式にはしばらく時間があるから、散歩してきていいよ。十一時半にステージ前に集合。多分アナウンスがあると思うけど、おくれないようにね」
 まだ十五分ほどは、自由行動できることになる。
 女子三人は連れ立って出発し、男子はそれぞれ思い思いに散策することになった。
 コーサクはふと、「神原シオネは学校で見るのとちょっと感じがちがうな」と思った。
 今日はあまり仕切らないし、子供っぽくはしゃいでいる。
 スーパークラス委員にも、オフの時間はあるのかもしれない。
 コーサクが目をひかれたのは、やはり手作りオモチャなどを並べた店先だった。
 コマや剣玉やダルマ落としなど、昔ながらの木製おもちゃの中に、輪ゴム鉄砲を発見したのだ。銃身の短いピストル型で、六連発式になっている。さすがに形は本格的な拳銃模型のようで、連発の仕組みも細工がこまかい。
(こういうのはちゃんとした工作機械がないとできないよな……)

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 コーサクが見本を手にとってかまえながら考えていると、お店の人が「撃ってみるかい?」と声をかけてくれた。やり方を教わりながら、輪ゴムを6本かけ、小さな的を撃ってみる。距離が近いので、6発中4発は命中する。コーサクとしては不本意な結果だったが、初めての銃で練習なしならこんなものかもしれない。
「お! なかなかやるな!」
 お世辞もあるだろうが、それでもお店の人はほめてくれた。コーサクは連発式の仕組みについて質問しながら、「たしかにおもしろいけど、でも……」と、考え事をしていた。値段は800円で、買えなくはないけど、小学生にはちょっと高めだ。結局買わずに、お礼だけ言ってお店を後にした。
 いろんなお店の品物をのぞきながらぶらついていると、ちょっと気になる光景が目に入ってきた。
 同じクラスのタイショー(織田ヒロト)、ノボ(米田ノボル)、キョウ(相田キョウイチ)の三人組が、会場内をあるいていたのだ。
 三人組は単に遊びにきただけのようだったが、金曜日のキョウとの一件がある。また何か言われるかなと警戒したが、向こうはこちらに気づいているのかどうか、とくに何事もなく時間は過ぎて行った。


 午前十一時半になり、開会式のアナウンスがあった。浦小の面々や、ほかの参加者もわらわらとステージ前に集まってきた。
 ビーチの一角の、岸壁をくりぬいたようになっているところに作られたステージに、簡素な黒衣に身を包んだ来光寺のお坊さん、大西浄道さんが上った。
 お坊さんとはいえ、頭はツルツルではなくて、短く刈り込まれた髪が生えていた。大柄でがっしりしており、えらの張った頑丈そうな顔立ちは、こう言っては失礼だけど、お坊さんというより山賊の大将みたいな感じがした。
「本日は、皆様おいそがしい中、第一回『二子浦来光寺戦国寺内まつり』にご参集いただきまして、まことにありがとうございます」
 応援団みたいなガラガラ声だったが、まずは神妙な調子であいさつは始まった。
「こちら来光寺は戦国時代、大坂石山本願寺を中心とする一向一揆勢力の海上交易の拠点、寺内町として繁栄しておりました。かの織田信長公と一向一揆勢が互角の戦いをくりひろげた『石山合戦』においては、紀州雑賀水軍と、中国毛利水軍の連携の要所として、戦略上、重要な役割も果たしてきました」
 お坊さんの口調は、しだいに熱を帯びてくる。
「戦国時代の寺内町は、武士、農民、商人、職人、芸能民、山の民、海の民など、さまざまな民衆が身分の差を超えて、ともに自由自治を作り上げておりました。
 海運でもたらされた文物で市はにぎわい、人の交流で最新の情報が集まり、新しい芸能が生まれる文化発祥の地でもありました。石山合戦終結、一向一揆の敗北によって寺内町の夢は破れましたが、いまこそ夢をもう一度、かつての熱とにぎわいをよみがえらせるための『祭』を企画したしだいでございます。どうか皆様、本日は存分にお楽しみいただけますよう、祈願してやみません。簡単ながら、以上で開会のご挨拶とさせていただきます。ありがとうございました!」
 お坊さんが合掌して一歩さがると、あちこちからパラパラと拍手があがった。「割れんばかりの拍手」とはいかなかったが、それなりに盛り上がっていた。
 だまって聞いていたコーサクは、お坊さんの言葉に、ちょっと興味をひかれていた。大人向けの挨拶だったのでむずかしいところはよくわからなかったが、それでも話の大筋は聞きとることができた。織田信長といえば、日本史のなかでも一番有名な人物だ。その信長と互角に戦った人たちが、かつてここにいた……
 わが町ながらなんとも地味だと思っていた港町に、そんな歴史があったのかと、少しほこらしい気分になっていた。他の浦小の面々もそれは同じだったらしい。とくに歴史に詳しいトノサマは、熱心にメモを取りながら話に聞き入っていた。
「それでは続きまして、紀州雑賀鉄砲衆の皆様によります、鉄砲演武です!」
 女性司会の声がひびいた。いよいよ火縄銃による演武が始まるのだ。
(つづく)
posted by 九郎 at 23:00| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

戦国まつり5


 来光寺へとのぼる石段の途中、何か所かある石垣の踊り場のようなところの一つに、「雑賀鉢」をかぶり、鎧を身につけた一団が、火縄銃をかついで整列した。
 ガシャガシャときしむ鎧の音が、静まりかえった会場に小さくひびく。担ぎあげた火縄銃はさすがに本物の迫力だ。かなりの重量があるらしいことが、鉄砲隊の動きからも伝わってくる。さっき担いでいた模型とは迫力が全然ちがう。
「火縄かけい!」
 采配を持った鎧武者の一人が、号令をかけた。
「構え!」
 ガシャガシャ、と鉄砲が同じ角度でならぶ。
「火ぶた切れ!」
 それぞれの鎧武者の右手が小さく動く。
「はなて!」
 ど っ ぱ ー ー ー ー ん
 銃口から盛大な火柱が走り、轟音が耳をつんざいた。
 粉雪のような灰があたりに舞い散り、硝煙が鼻をついた。
 せまい二子浦の湾内に、銃声のこだまが何度も返った。

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 コーサクをはじめとする、浦小の子供たちは、文字通り目を丸くし、口をポカンと開けたまま、その場に固まってしまった。日ごろしっかりしているトノサマや神原シオネまでが、驚きのあまり硬直してしまっていた。女子たちはせっかく持ってきているデジカメを使うことも、完全に忘れてしまっていた。
 子供たちばかりではなく、その場にいる大人も含めた全員が、「腰を抜かす」という言葉の意味を実感していた。
 あまりの音量、あまりの迫力。
(すげー! すげー! 火縄銃すげー!)
 火縄銃ってこんなんだったのかと、コーサクは本気で感動していた。
 たった数丁でこの迫力。
 戦国時代の合戦で数百、数千の鉄砲が乱れ打たれた時どうなるのか、ちょっと想像もつかない。
 それほど歴史にくわしくないコーサクでも、学習マンガなどを読んで、火縄銃について簡単な知識くらいはあった。そのイメージは、現在の銃にくらべてものすごく性能が悪く、連射もきかず、あつかいにくい原始的な武器というものだった。しかし、実際の発砲を見ると、そんなマイナスの印象は見事に吹っ飛んでしまった。
 これはものすごい武器だ! 火縄銃がこんなにすごいとは思わなかった!
「センセー、あれって本当に弾飛ばしてるの?」
 コーサクは、近くにいた三又先生に質問した。
「いや、火薬だけの空砲だろうな」
 一斉射撃に続いて、今度は連射の演武があった。例によって「火縄かけ、構え、火ぶた切れ、はなて!」の号令がかかり、采配者側から順に連続で発砲された。
 ダーン、ダーン、ダーン、ダーン、ダーン……
 引き金が引かれるたびに大音声がひびき、あたりに硝煙がたちこめる。様々に射撃パターンを変え、メンバーが入れ替わりながら鉄砲演武は続く。中には道着に袴姿、鉢巻も凛々しい若い女性の姿もあり、ぼう然としたまま演武をながめていたマンガ部女子三人組は、ハッとわれにかえり、今まで撮りそこなった分をばん回するように、デジカメのシャッターを切りまくった。
 やがて観衆の心をわしづかみにしたまま、鉄砲演武は終了した。
「和歌山市からおこしの、雑賀鉄砲衆の皆さんによる、鉄砲演武でした。皆様、盛大な拍手でお見送りください!」
 女性司会の声に送られ、鉄砲衆は退場した。
「こちらのステージの方は、午後一時までお休みとさせていただきます。会場内には色んなお店がございますので、皆様ぜひお楽しみください!」


 そのころ、来光寺から海の方へと突き出した小さな岸壁、今はもう使われていない老朽化した灯台の辺りにたむろする子供たちがいた。
 まん中の一人は背が高くがっちりしている。
 小学生ばなれした体格で、いかにもスポーツマンタイプ。肩幅がすばらしく広く、「ボス」のオーラをまとっている。
 脇を固める他の二人も、それぞれに一くせも二くせもありそうだ。
 一人は三人組の中では一番背が高い。こちらはやせたノッポさんで、細身の体だが、よわよわしい感じはない。走らせたら快速スプリンターだろうし、野球のピッチャーをやらせたら速球を投げそうな印象だ。
 最後の一人は背が低い。小柄だがバネの効いたフットワークで、いかにも動きが速そうだ。顔のあちこちには、これまでのケンカの勲章だろうか、薄く傷跡が残っている。
 名前はそれぞれ、タイショー、ノボ、キョウ。
 二子浦小学校6年、美術部の面々と同じクラスの「ボスグループ三人組」である。
 三人組は何やら話し合っているようである。
 身ぶり手振りを加えて主にしゃべっているのは小柄なキョウ。
 ボス格のタイショーは、腕組みをしながらそれを聞いている。表情にはとくになにも現れておらず、ただ黙ってキョウの言うことを聞いている。
 熱心に話すキョウの手には、何かがにぎられている。
 ピストル型のおもちゃで、どうやらフリーマーケットで売っていた連発式の輪ゴム鉄砲であるらしい。
「とにかく、やっちまえばいいんだよ!」
 断言するキョウ。
 タイショーはしばらくの沈黙のあと、ゆっくりうなづいたのだった。
(第四章おわり。第五章「寺内町と鉄砲衆」につづく)
posted by 九郎 at 23:00| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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