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2020年10月11日

「ブランコ一回転!」第六章1〜4(全)

第六章


 駅前劇場の公演は三時半ごろ終り、ぼくはいったん家に帰った。
 もうすぐ午後五時だ。
 雨もようは、まだつづいていた。
 パラパラとふったりやんだりで、夕方が近づいてきても、それはかわらない。
(どうしよう……)
 まどから外をながめながら、ぼくはかんがえる。
(雨でもレンは、公園にいくかな?)
 まちあわせの約束はしたけど、雨だったらどうするかまでは決めてなかった。
 レンとはあの公園で何回か遊んだだけなので、もちろん電話番号なんてわからない。
 どこの小学校に通っていて、家はどこなのかもわからない。
 そういえば、名字も知らなかった。
 知ってるのは、レンという名前と、ブランコ一回転をなんとかしようとしているらしいことだけだった。
 それだって、はっきりたしかめたわけじゃない。
 あらためて考えてみると、ぼくはレンのことをなんにも知らない。
 いや、知らなかった。
 そう、今日の大衆演劇「白蓮座」の公演を見るまでは……


 雨の公園にいっても、ブランコ遊びはムリだ。
 ブランコのことだけだったら、すっぽかしても、ふつうはおたがい気にしないだろう。
 次に会ったときに一言あやまればいいだけだ。
(あ、そうだ!)
 急に、ぼくは思い出した。
 昨日、いなり公園で見たきれいなお侍さん、つまり今日お芝居に出ていた浪川花蓮さんは、雨でもカサをさしていなかったっけ!
 あの公園には、大きなクスノキがある。
 まわりのビルのじゃまにならないように枝はかりこまれているけれども、公園の中では、じゅうぶんしげっていた。
 お稲荷さんの祠と、すぐとなりのブランコあたりは、小雨ぐらいならぬれないはずなんだ!
 そしてなによりも、遊ぶ約束をした時の、レンの言葉。
「ぜったい来てくれよ!」
 レンはたしかにそういった。
(よし!)
 ぼくは決心して立ちあがった。
 いなり公園に行くことにした。
 お母さんには声をかけない。
 日曜日で、もう午後五時になりそうだし、小雨もふってる。
 これから出かけるというと、なにかとややこしそうだ。
 どうせ六時すぎには帰るんだから、とくに問題はないはずだ。
 おそい時間に、校区外のさかり場の公園に行くことをのぞいては……


 結局、カサをさすほどではなかった小ぶりの雨の中、ぼくは自転車でいなり公園にのりつけた。
 そこには、当り前のようにレンの姿があった。
 雨雲のせいでいつもにましてうす暗い公園には、他にだれもいない。
 ぼくとレンのためだけにあつらえた場所みたいだった。
「ヒサトと遊べるの、今日で最後になると思う」
 ブランコに着くなり、待っていたようにレンはそういった。
「え! なんで?」
「遠くへいくから」
「遠くって、引っこし?」
 レンはちょっと目をふせて、笑った。
 これはあやしくない笑顔。
「引っこしじゃないよ!」
 そうだ、引っこしではない。
 明日、九月が終ってしまうからだ。
 ぼくはそれをわかっていて、たぶんレンもそのことをわかっているぼくのことを、わかっている。
 おたがい、よけいなことは言わない、聞かない。
 今はそれでいい。
 ぼくは言った。
「そっかあ。でも、さびしくなるなあ」
「ほんとか? ほんとにさびしい?」
「あたりまえじゃん! 友だちだろ!」
 ぼくは、思いきって「友だち」という言葉をつかった。
「オレって、ヒサトの友だちなのか?」
 とまどったようにレンはいった。
「今日あわせて、四回しか遊んでないのに?」
 ぼくはちょっと笑ってしまった。
 レン、ぼくと遊んだ回数、かぞえてたのか。
「友だちになるのに、回数なんて関係ないよ」
 一度思い切って「友だち」という言葉を出してしまえば、あとはもう気が楽だ。
「本当に仲良くなるヤツは、会ったときからもうわかってる。あとは、いっしょに遊んで、話して、『やっぱりな』ってたしかめるだけだ」
 これは、ぼくがずっと前から思っていたことだ。
「レンとここではじめて会ったときから、友だちだってわかってたよ!」


 いなり公園のブランコは、思ったとおり、クスノキがカサになって、雨にぬれていなかった。
 レンとぼくは、カサもささずに、二人ならんでブランコにのった。
「ヒサトはオレのブランコ一回転、見たいか?」
「レン、やっぱり一回転できるんだね?」
「できるけど、できない。できないけど、できる」
 レンはニッと笑っていった。
「本当は、全部見せちゃいけない。ちらっとかいまみせるだけなら、やる方と見る方の間で、一回転は本当になる」
 ぼくは、背すじがゾクゾクしてきた。
「ヒサトはオレの友だちだから、全部見せてもいい。でも、一回転の夢を見ていたいなら、全部は見ない方がいいかもしれない。どうする?」
「見るよ、全部! 友だちだから!」
 レンはうなずいて、すばやくあたりを見まわした。
 だれもいないのをたしかめてから、大きく立ちこぎをはじめた。
 ぼくは自分がのっているブランコを止め、かたずをのんでレンを見守る。
 レンのブランコは一気に加速する。
 すぐに「水平のカベ」に近くなる。
 そのまま二回、三回と大きくこいで、いきおいをつける。
 いきおいをつける。
 いきおいをつける。
 もう一度、いきおいをつける。
 レンののるブランコのプラスチック板が、スイングした前の頂点で、フワッとうき上がりはじめる。
 ぼくなら、ここまでだ。
 体重がふっと消える、あの「水平のカベ」の感覚。
 その先へは、ぼくは進めない。
 普通はだれも進めない。
「ヒサト! やるぞ!」
 レンがさけぶ。
「よく見とけよ!」
 ぼくはもう、一瞬も見のがすまいと、目をみはった。
 レンがのるブランコが、大きくうしろにスイングした。
 その瞬間、レンは右足をブランコのプラスチック板のふちに引っかけた。
 そのまましゃがみこんで、重心を一気に下へ。
 自分の体重をマックスでブランコに伝え、加速。
 ものすごいスピードで、レンのブランコがぼくの横をすりぬけていく。
 レンは曲げたひざを一気にのばして、さらに加速。
 ブランコは「水平のカベ」を突きぬけて、さっき以上にフワッとうき上がる。
 その瞬間――
 板のふちにかかったレンの右足が、「ガッ!」とはね上がる。
 同時にロープを手放す。
 サッカーのオーバーヘッドキックみたいに、レンの体が宙で一回転する。
 それは、ほれぼれするほどきれいな宙返りだった。
 その瞬間は、まるで写真のように、ぼくの頭にやきつけられた。
 たぶんぼくは、その一枚の「絵」を、一生わすれないだろう。

 ザンッ!

 ひざのクッションをきかせてレンが着地する。
 右足ではね上げられたブランコの板は、鉄の骨組みの上をこえて、うしろへ。
 うしろへ。
 うしろへ。
 フワッと、うしろへ……

 ガシャン!

 大きな音を立て、骨組みの上にロープが一回引っかけられたかたちで、ブランコのプラスチック板が落下する。
 いきおいあまったブランコは、しゃがんで着地したレンの背後で、でたらめにガシャガシャゆれ、やがて止まる……

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「レン!」
 思わずぼくはさけぶ。
 なにごともなかったように、レンがすっと立ち上がって、こちらをふりむいた。
 長いかみが乱れ、大きく見開かれた目はキラキラかがやき、口もとは「ニッ」と笑っていた。
「レン! レン! すごいよ! 一回転だよ!」
 かるく息をつきながら、レンが答える。
「でも、ヒサトが思ってたのと、ちがうだろう?」
「そんなのどうだっていいよ! こんなのレン以外、だれにもできないよ! これはぜったいブランコ一回転だよ!」
「ありがとう、ヒサト。楽しかった」
 レンはそれだけいいのこすと、ブランコのさくをヒラリととびこえた。
 公園の入り口で一度ふりかえり、ニコッと笑って、そのまま走り去った。
 公園のとなりの劇場の角を曲がり、姿を消した。

 それっきりだった。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | ブランコ一回転! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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