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2020年10月09日

「ブランコ一回転!」第五章4〜6


 大音量のBGM、スポットライトとともに、舞台の左右に二人の役者さんが登場した。
 あとでおばあちゃんに客席から見て舞台右を上手(かみて)、左を下手(しもて)というと教えてもらった。
 その上手に登場したのが、あの看板のお侍さん、女座長の浪川花蓮さんらしい。
 すらりと背が高く、細身で、動きの一つ一つが特撮ヒーローの「決めポーズ」みたいに絵になっている。
 キラキラした紫の着流し姿は、現実の人間というよりは、まるでマンガやアニメの世界の登場人物みたいにカッコいい。
 どこからみても男に見えるけど、とんでもなくきれいな顔立ちなので、実は女の人だときいても普通になっとくしてしまう。
 そして舞台下手に登場したのが、こちらは華やかな着物姿の「お姫さま」だった。
 男役と女役のちがいはあるけれど、女座長さんとよく似た顔立ち、体格は、まるで同一人物みたいだった。

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「ほら、あっちの女役が座長の弟、浪川蓮蔵さん!」
 ぼくの耳元で、おばあちゃんが小声で教えてくれた。
「えっ! 弟?」
「そうそう、お姉ちゃんとそっくりでしょう。年は十歳くらいはなれてるはずだけど、ほんとによく似てるわ!」
 ぼくはなんだか頭がクラクラしてきた。
 女座長がカッコよくてきれいなお侍さんで、その弟さんが、これもとんでもなくきれいな女役。
 二人は役の上では性別が逆転しながらも、鏡に映したみたいにそっくり。
 顔が似て見えるのは、もちろんメイクのせいもあるんだろうけど、なんというか、からだ全体のシルエットや雰囲気が、「おんなじ」なのだ。
 びっくりするポイントが多すぎて、いったい何にびっくりしたらいいのか分からなくなってくる。
 常連さんがほとんどだろう客席は、はじめてのぼくみたいに一々おどろいてはいないはずだけど、とにかくもう盛り上がってしまっている。
 二人が舞台に出てきただけで一気に最高潮なのた。
 舞台上の二人は「ニッ」と笑いながらお客さんに視線を送り、少しずつ客席側ににじり寄ってくる。
 BGMに合わせて「踊っている」という感じではないのだけれど、一歩進むごとにポーズと表情がピタリと決まっていく。
 着物の裾や袖、襟元がたくみにさばかれている。
 ぼくは和服を着たことなんてほとんどないけど、浴衣なら何度かある。
 着慣れないものだから、少し動いただけでもあちこちずれ、ぬげてしまいそうになって大変だったのを覚えている。
 剣道を習いはじめて道着を着るようになってからはちょっとマシになったけど、今舞台上にいる二人みたいには絶対行かないのはわかる。
 どの瞬間を切り取っても「絵」になっていて、それがピタリと決まるたびに客席から歓声がわく。
 舞台近くに熱心なファンの人達が集まってるということもあるけど、会場全体が二人の役者さんの動きや表情の一つ一つに夢中になってしまっていて、手のひらの上でコロコロ転がされているようだ。
 はじめて見に来たぼくですら、もう手のひらの上にのってしまっている。
 役者さんの二人が舞台の一番前まで出てくると、またびっくりすることが起こった。
 前の方に座っていたお客さんが、何人も役者さんに方にかけよっていったのだ。
 手に手に封筒をもっていき、しゃがみこんだ役者さんの襟元に、大きなクリップみたいなものではさみ込んでいく。
(あれは何?)
 そうおばあちゃんに聞こうとした瞬間、ドキッとした。
 封筒じゃなく、むき出しのお札(たぶん一万円!)をはさんだお客さんが見えたのだ。
(えっ!? お金? じゃあ、他のあの封筒も全部……)
 ぼくは口まで出かかった言葉をのみこんだ。
「あれはね、『おひねり』って言うんだよ」
 ぼくの様子に気づいたおばあちゃんが、そっと耳打ちで教えてくれた。
「花蓮さんも蓮蔵さんも、あいかわらずすごい人気だねえ……」
 とにかく、開演早々盛り上がってる!
 ぼくが理解できたのは、それだけだった。
 お芝居も何も始まっていないうちからこの調子では、これから先、いったいどんなことになってしまうのだろう?


 浪川花蓮さん、蓮蔵さんの出番が終った後も、第一部のミニショーには入れ代わり立ち代わりで色んな役者さんが登場した。
カッコいい人はカッコよく、きれいな人はきれいに、面白い人は面白く、それぞれの芸風でミニショーは三十分くらい続いただろうか。
 ひとしきり顔見せが終ったところで第一部終了、十分間休憩になった。
 はじめて見に来たぼくにも、「大衆演劇」というのがどんなものか、なんとなくだけどわかってきた気がした。
 それは一言でいうと、「なんでもあり」だ。
 衣装は一応和服、BGMも和風のアレンジのものが多いんだけど、ぼくの知ってる伝統芸能とはちょっとちがう。
 和服は演歌歌手の人たちが着るような、かなり派手な衣装だし、音楽はロック風のかなりはげしいアレンジのものが多い。
 衣装もメイクもBGMも何もかも、とにかく派手ではげしく、そしてわかりやすい。
 開演前におばあちゃんが言っていた「とにかく見ればわかる」というのは、なるほどこういうことだったのかと思った。
 お客さんの方もお行儀よく見ているだけではなく、歓声をあげたり、例の「おひねり」をわたしに行ったり、とてもにぎやかだ。
 役者さんは役者さんで、そういうお客さんの反応を引き出しながら、笑顔でよゆうをもってやりとりしている。
 舞台と客席がすごく近い感じがするんだ。
 ちょっとトイレに行こうと思って売店の前を通りかかると、お菓子やお茶といっしょに見覚えのある大きなクリップもならんでいた。
 あの「おひねり」を役者さんの襟元にとめていたクリップだ。
 へ〜、こんなのまで売ってるのかと感心しながら、トイレに入った。
 男子トイレはガラガラだったけど、おとなりの女子トイレには、長い行列ができていた。


 休憩時間が終ると、第二部のお芝居がはじまった。
 女座長の花蓮さんは、あいかわらずカッコよくてきれいなサムライ役。
 弟の蓮蔵さんは、今度は男役だった。
 お姉さんに負けず劣らずのカッコよくてきれいで、そしてほれぼれするほど「悪い」剣客に変身して、主役のお姉さんとはげしい切り合いを演じていた。
 細かい筋立てよりも、とにかく剣の戦いのシーンの迫力に圧倒されるお芝居だった。
 今の僕は、ほんの少しだけど剣道を習っているので、日本刀の戦いがお芝居のようにはならないのは知っている。
 今の剣道だって、使うのは竹で出来た竹刀なので、本物の刀で切り合っていた昔のお侍の戦いとはちがうのかもしれない。
 それでも、お芝居の中の剣の使い方よりは、本物の剣の使い方に近いはずだ。
 TVや映画、マンガの中の剣の戦いとはちがって、剣道では思ったほどには竹刀をふりまわさないし、刀をぶつけあったりもしない。
 先生や先輩たちの試合を見ていると、はげしく何度も打ち合うというような場面はほとんど見かけない。
 遠い間合いから目で追えないほどの一瞬で勝負が決まることも多い。
 習っていない人が剣道の試合を見ても、正直あまり面白くないのではないかと思う。
 お芝居の中で、そういう剣道の戦いをいくらリアルに再現したとしても、お客さんのほとんどは目の前で何が起こっているかわからないだろう。
 今ぼくが見ている二人の役者さんのお芝居は、ちがう。
 刀の動きははげしく、ものすごく速く見えるけど、ちゃんと全部目で追えて、何が起こっているかお客さん全員に伝わっている。
 使っている刀はもちろん作り物で、絶対に体には当たらないように練習してあるはずなのに、思わず目をそむけたくなるほどスリリングで怖い。
 それでいて、二人の表情やポーズは一瞬一瞬がカッコよく、きれいで、例によって着物の袖や襟元、裾のすみずみまでピタリと決まっている。
 何よりも、戦わなければならない二人の気持ちが伝わってくる。
 お芝居。
 作りごと。
 ウソ。
 二人の戦いも、刀も、気持ちも、全部本物じゃない。
 それは、ぼくもふくめたお客さんには分かり切っているはずなのに、全員が手に汗をにぎって舞台に見入ってしまっている。
 やってることは本当じゃないのに、やる方と見る方の間で、まるで本当のことのような幻が生まれる……
 あれ?
 あれ?
 前にも一度、これと同じようなことをかんがえたことがあるような?
 だれかと話したことがあるような?
 いつのことだったっけ……
 そんなことを思っているうちに、盛大な拍手と歓声の中、第二部のお芝居の幕は閉じていった。

posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | ブランコ一回転! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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