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2020年10月08日

「ブランコ一回転!」第五章1〜3

第五章


 九月二十九日、日曜日。
 朝十時半から、いなり公園のすぐとなりにある劇場へ、お芝居を見に出かけた。
 駅前のそのあたりは校区外だけど、そうは言ってもうちの近所のことなので、おばあちゃんとは劇場前で待ち合わせた。
 お芝居の開演自体はお昼の十二時かららしい。
 それにしてはやけに早い待ち合わせ時間だと思ったけど、たまにこの劇場でお芝居を見ているおばあちゃんの意見で、そうなった。
 劇場が開くのが十一時からなので、席取りのために少し早目にならんだ方がいいということで、十時半には着いておきたいのだそうだ。
 ブランコの特訓のためにいなり公園に行くときはいつも自転車だったけど、劇場に駐輪スペースは無いので今日は歩かないといけない。
 それに、昨日からの雨模様はまだ続いていて、朝から小雨が降ったりやんだりなので、どっちにしても自転車は使えない。
 一応持っているカサを開くほどではない曇り空の下、いつもより時間をかけていなり公園へ向かう道を歩く。
 やがて駅が近くなり、劇場の大看板が見えてくる。
 アップで描かれているのは、昨日雨のお稲荷さんで見かけた、あのお侍さんの顔だ。
 今気づいたけど、この看板はもしかして手描きだろうか。
 遠目にはひきのばした写真に見えたけど、近づくごとに絵の具で描いたような筆あとが見えてくる。
 これだけ大きい手描き看板って、見たのははじめてかもしれない。
 お侍さんのアップの横には、これも大きな字で「白蓮座」「座長、浪川花蓮」と書いてある。
 入り口の上の看板を見上げながら歩いていると、先に着いていたおばあちゃんが声をかけてきた。
「おはよう、ヒサト。こっちこっち!」
 おばあちゃんは、受け付け前にできている列の真ん中あたりにもう並んでいて、そこから手まねきしていた。
 並んでいる人数はそんなに多くなく、二、三十人といったところだろうか。
 ぼくのおばあちゃんと同じぐらいの年の女の人が多かったので、声がした方を少しきょろきょろ見回してしまった。
「今日は付き合ってくれてありがとう。ヒサトはここの劇場、はじめてだっけ?」
「うん。このあたりを通ったときに、いつもあの看板が気になって、いっぺん見てみたかったんだ」
 ぼくは、おばあちゃんの横に入れてもらいながら答えた。
「もうすぐ開場するから、しばらくだけ並ぶよ」
 そうしている間にもぼちぼちお客さんは集まり、開場待ちの行列はのびていった。
「今日は日曜で楽日だから、ちょっと混むなあ」
「ラクビ?」
「お芝居の最終日ってこと。明日の三十日はお休みで、明後日の十月からは、また別の劇団の公演が始まるんだよ。九月の本当の最終公演は今日の夜の部だけど、今から始まる昼の部も入りが多そうだね」
 おばあちゃん、さすがにくわしい。
「あの看板のお侍さんが主役?」
「主役というか劇団『白蓮座』の座長、ナミカワカレンさん。こういうところでやってるのを大衆演劇というんだけど、お芝居だけじゃなくて色んなショーもあるんだよ。座長というのはそういう色んな出し物を仕切るリーダー。もちろん主役もやるよ」
「もしかして女の人?」
「そう。大衆演劇で女座長さんというのはちょっと珍しくてね。でもカッコいいでしょ?」
 おばあちゃんが何度か言った「大衆演劇」というのがどんなものなのか、ぼくにはもう一つ分かりにくかった。
 看板の雰囲気から、なんとなく「時代劇らしい」ということは分かる。
 TVの時代劇だったらぼくも好きでよく見ているけど、そのお芝居を生で見たことはない。
 小学校で日本の伝統芸能を解説した授業は受けたことならある。
 短い能や歌舞伎のビデオは見たし、体育館で落語や狂言を見せてもらったこともあって、けっこう面白かったのを覚えている。
 大衆演劇というのは、ああいう伝統芸能とはまた別のものなんだろうか?
 おばあちゃんに聞いてみても、「とにかく見ればわかるから」と笑うばかりだ。
「そう言えば、ぼく、昨日あの人を近くの公演で見かけたよ。お稲荷さんにお参りしてた」
「ああ、クスノキ稲荷さんね。あそこは昔から芸能にご利益があると言われてるから、この劇場に出る役者さんは、みんなお参りに行くんだよ」
 そんな話をしているうちに、いよいよ開場時間になった。


 受け付けをすませ、劇場の中に入った。
 ロビーをぬけて入場すると、正面に幕のおりた舞台があり、小学校の体育館の半分くらいに見える客席には、映画館みたいなシートが並んでいる。
 二階席や、イス無しで直接座る席(あとでおばあちゃんに「桟敷席」だと教えてもらった)もあった。
 おばあちゃんの意見で、舞台近くは熱心なファンの人がつめかけるから、少し後ろでゆっくり見ようということになった。
 ぼくは映画でも後ろの席で画面全体を見わたす方が好きなので、ちょうどいいと思った。
 おばあちゃんは言った。
「ファンも色々だから」
 一口に大衆演劇ファンと言っても、ひいきの役者さんの追っかけみたいな熱心なファンの人もいるし、劇団自体のファンもいる。
 大衆演劇なら何でも好きというファンもいるし、他にも色んな好みがあるのだそうだ。
 ぼくのおばあちゃんの場合は、決まった役者や劇団のファンというよりは、地元にあるこの劇場の雰囲気が好きだという。
 若いころ、友だちにさそわれて見に来たら、すごく楽しくて、それ以来、熱心なファンというほどではないけど、時々思い出したようにこの劇場に来たくなるのだそうだ。
 年に何度か気が向いた時に、お祭に出かけるような気分でお芝居を見に来る。
 うちのおばあちゃんは、そんなファンなんだって。


 ひとしきりお客さんが入って席がうまると、おばあちゃんがお弁当を出してくれた。
「少し早いけどお昼にしようか。公演が始まっちゃうと食べるタイミングが難しくなるから。なにしろ正午から三時半くらいまで公演は続くからね」
「そんなに? 長いお芝居なんだね!」
 三時間半と聞いて、最期まであきずに見ていられるかどうか、ぼくはちょっと不安になった。
「大丈夫、大丈夫」
 おばあちゃんは笑いながら言った。
「途中休憩が何回かあるし、さっきも言ったけど、ずっとお芝居じゃなくて、色んなショーがあるからね。あきないし、ヒサトだったらきっと楽しめるよ」
 そんなもんかと思いながら、ぼくはお弁当を広げ、おばあちゃんと食べた。

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 他のお客さんたちも、お弁当を出したり、売店でうどんやおにぎりを買ったりして、それぞれ開演までにお昼ごはんをすませているようだった。
 お客さんの九割ぐらいは女の人で、若い人からおばあちゃんまで色々いた。
 おじさんも一割ぐらいはいたけど、ぼくみたいな子供はさすがに見当たらない。
 子供でもほんとにちゃんと最後まで見ていられるか、またちょっと不安になったけど、おばあちゃんは「ぜんぜんむずかしくないから、ぜったい大丈夫!」と笑うばかりだ。
 お弁当をたいらげ、お腹もふくれたところで、そろそろ開演時間がせまってきた。
 客席がぎっしりうまってくる。
「おや、珍しい。今日は二階席も開けてるようだわ」
 おばあちゃんが上の方を見上げながら言った。
 ぼくたちが座っている後ろの方の席からは二階席は見えないけど、確かに話し声が上から聞こえてくる。
 おばあちゃんによると、二階席は桟敷席だけで、舞台がちょっと見えにくいこともあって、普段はあまり開放しないのだそうだ。
 今日のお客の入りはかなり多いらしい。
 そう言えば、一階席のシートの後ろには何列かパイプいすが並べられていて、バスの補助席みたいになっている。
 やがて、客席に低く流れていたBGMが、少しずつ大きな音量になってきた。
 それにつれ、照明もだんだん暗くなってくる。
「ヒサト! ほら、始まるよ!」
 おばあちゃんが小さく言い、ぼくたちは食べ終わったお弁当をいそいで片づけた。
――まもなく、第一部ミニショーがはじまります!
 すっかり暗くなった客席に場内アナウンスが流れ、ゆるゆると舞台の幕が上がっていく。
 いよいよ公演のはじまりだ。
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | ブランコ一回転! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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