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2020年09月28日

「ブランコ一回転!」第一章4〜5


 午後五時すぎ。
 まだ明るい。
 ぼくは自転車で走っている。
 駅前商店街のかたすみにある「いなり公園」のブランコは、ぼくの一番お気に入りのトレーニング場所だ。
 そもそもあまり遊ぶ子供がいない、じみな公園だった。
 商店街の片すみなので、近くに子供のいる家がもともと少ない。
 その上、ビルの谷間にあるので昼でも暗く、古いお稲荷さんの祠まである。
 お稲荷さんの祠と、そのうしろのクスノキの大木にはなにやらいわれがあるらしい。
 カンバンになにか説明が書いてあるみたいだけど、古すぎてもう文字が読めなくなっている。
 こういっちゃなんだけど、子供がよろこぶような明るいフンイキではない。
 もっとはっきり「うす気味悪い」と言ってしまってもいい。
 そのかわり、遊具のブランコだけはごく最近、新しくなったらしい。
 低めの骨組みに、ロープでプラスチック板がつってある。
 鉄の骨組みに塗られたペンキの色が、まだあざやかだ。
 こういう低くて軽いタイプのブランコは、ぼくの考える理想の「一回転用ブランコ」に近いんだ。
 遊ぶ子が少なく、ブランコも理想的。
 だから他でトレーニングをつんだあと、さいごの仕上げにこの公園に来ることにしている。
 ただ一つの欠点は、蚊が多いことだけど、これはまあ、虫よけスプレーしてればなんとかなる。
 家に帰る午後六時過ぎまでのしばらくの間、ここで一回転できるかどうかためしてみるのが、いつものコースになっていた。
 じつをいえば、この稲荷公園でトレーニングしていることは、友だちや家族にもヒミツにしてある。
 公園の場所が問題なんだ。
 ここは校区外なので、あまり一人で出かけてはいけないことになっている。
 家からはわりと近いんだけど、ぼくの家は校区のはしっこあたりだから、方角によってはすぐ校区外だ。
 とくにこの公園のまわりは、駅前商店街の、なんとなく小学生がうろうろしちゃいけない、おとなむけのフンイキの一画だ。
 4年だから、それぐらいはわかる。
 でも、ぼくには「ブランコ一回転」という夢があって、それにはこの公園のブランコが、どうしても必要なんだからしかたがない。
 ぼくの乗る自転車は、商店街を走っている。
 地方の私鉄ぞいなので、それほど都会じゃないけれども、スーパーや色々な飲食店、小さいながら映画館なんかも、一通りそろっている。
 目指す公園の近くには、劇場もある。
 そこでどんな出しものをやっているのか、くわしくはわからない。
 なんとなく「時代劇をやっているところ」というふうに思っている。
 劇場の大きなカンバンに、ハデな着物の役者さんの姿があることが多かったからだ。
 はじめは映画館か何かかと思っていた。
 けど、たまに出入り口あたりで、着物姿でメイクをしたままの役者さんが、お客さんたちと話をしているのを見かける。
 それで、「ああ、ここって、お芝居をするところか」とわかったんだ。
 カンバンは、たまに新しくなる。
 絵が変わり、お芝居も変わっているらしい。
 どうやらいくつかの劇団が、入れかわりでお芝居をしているらしい。
 こう見えてもぼくは、時代劇がけっこう好きだ。
 おばあちゃん子なので、小さいころからおばあちゃんといっしょによくテレビで時代劇を見ていた。
 だから今でも、テレビや映画やゲームで、サムライとかチャンバラとか出てくると、真剣に見てしまう。
 サムライにあこがれてるので、四年生になってからは剣道もはじめてる。
 だから、駅前商店街の劇場のこともちょっと興味はあって、おばあちゃんに話を聞いてみたこともある。
 おばあちゃんはここでよくお芝居を見るらしい。
 けど、ぼくが今ハマっているのは「ブランコ一回転」だ。
 他のことはぜんぶあとまわしなので、いつもそのまま通りすぎていた。
 ぐずぐずしておばあちゃんと出くわしてもまずいしね。
 目指す公園は、その劇場のすぐうら手にあった。
 そして場面は、ぼくとあのなぞの美少年の、出会いの瞬間にもどるわけだ。


 公園の入り口に立つぼくと、ブランコに立つ、なぞの美少年。
 おたがいがおたがいを、じっと見ている。
 この美少年、チビのぼくより少しは背たけがありそうだ。
 でも、小柄であることにかわりはない。
 たぶん年は同じくらいだけど、顔は見たことがない。
 この顔は、一度でも見かければ忘れないだろうから、今までに会ったことはないはずだ。
 ここは校区外だし、きっとぼくとはちがう小学校に通っているのだろう。
 美少年は「ニッ」と笑ったまま、無言。
 何を考えているのか、まったくわからない。
 声をかけたものかどうかまよっていると、美少年は、フワッと飛ぶようにブランコからおりた。
 なにしろ、ロープをつかまず、ブランコの板の上に、ごく自然なようすで立っていたやつのことだ。
 とびおりる時にも、とくにバランスをとることなく、むぞうさにおりた。
 まるで体重がないみたいな動きだった。

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 そのままブランコをぐるりとかこむ鉄パイプのさくに、これもごく自然なようすですわった。
 手ばなしでブランコに立つほどではないけど、足のつかない鉄パイプの上にすわるのは、けっこうむずかしいはずだ。
 ぼくでも短い時間なら、バランスをとりながらさくにすわことはできる。
でも、この少年は小ゆるぎもせず、いつまででもすわっていられそうだ。
(え〜と、どうしようかな?)
 ぼくは少しためらいながらも、ブランコにむかった。
 時間もないことだし、とりあえず、自分のトレーニングをすませておくことにした。
 面白そうに自分をながめている少年のことは、気にしないことにした。
 さっき少年がのっていたのとちがう方のブランコにすわった。
 すわったまま少しいきおいをつけてから、立ちこぎにうつる。
 いつも通りしばらくこぐ。
 ブランコのふりがだんだん大きくなる。
 いつも通りだ。
 それが限界までくると、やがて足もとの板がふっと消えてしまったような感じ。
 水平のカベだ。
 それ以上は、ちょっとこわくなってこげなくなってしまう。
(もう少し、もう少し……)
 頭ではもっとこごうとするのだが、どうしても体の方がついてこない。
 これも、いつも通り。
 なんとかこの「水平のカベ」を突破する方法はないものか?
 力まかせにもっとこぐか。
 それとも何かもっとべつの方法が……
 それにしても気になるのは、目の前の少年だった。
 少年はうすく笑ったまま、ぼくのトレーニングをながめている。
 しばらくながめたあと、急に「あ、そうか!」と声をあげた。
 ちらちら気になっていた少年がいきなり声をあげたので、ぼくは思わず立ちこぎをやめた。
 大きくゆれるブランコにのったまま、少年の方を見た。
 少年は目をキラキラかがやかせながら、まっすぐぼくの方を見ている。
「あ、じゃましてごめん!」
 少年はつづけて言った。
「キミって、もしかして一回転めざしてる?」
 ずばりいいあてられて、ぼくはドキドキしながらも、うなずいた。
 少年はかろやかな笑い声を立てた。
「やっぱりそうか! へ〜、こんなとこにもいたんだなあ!」
 なにが「やっぱり」なのか、まったくわからない。
 ぼくがこぐのをやめると、ブランコのゆれはすぐに小さくなってくる。
「一回転、できそう?」
 少年がきいてくる。
「わかんない。まだできたことはない」
「だろうね」
 ぼくは少しムッとした。
「じゃあ、そっちはできるのかよ」
 自分の声がとがっているのがわかる。
 少年は少し考えてから、
「どうだろね」
 と、いった。
「うん。でも、むずかしいのはたしかだ」
 ひとり言のように、うなずきながらそういった。
 ぼくは、そのもののいいかたが、ちょっと気になった。
 もしかしてこいつは、ブランコ一回転について、何か知ってるんじゃないだろうか?
 体重がないみたいな、少年のあのフシギな動きのことが、ふと思いあたった。
 まさかこいつ、一回転できるんじゃあ……
「もしかして、一回転やったことある?」
 ぼくは、おそるおそるきいてみた。
 少年は、ニッと笑った。
 質問には答えずに、ビルのすき間からのぞく、すっかり暗くなった空を見上げた。
「今日はそろそろ時間だから、オレ、もう行かなきゃ」
 そして、ぽつりと言った。
「レン」
 とっさに意味が分からなかった。
「レン?」
 少年はうなずく。
「キミは?」
 ちょっと考えて、ようやく「レン」というのが少年の名前だと気がついた。
「ぼくはヒサト」
「ヒサトか。明日も来る?」
「毎日来てるよ。同じくらいの時間に」
「じゃあオレも来る」
 それだけ言って美少年レンは、フワッとブランコのさくから飛びおりた。
 朱色の鳥居やノボリ、そしてヒガンバナの横をすりぬけて、レンは軽やかに走り去った。
 ぼくはただそれを見送った。
 なんだかこっちのタイミングがぜんぶはずされたような、変な感じだった。
 ぼくはさいしょにレンが立っていたブランコを見た。
 ふと、気づいた。
 自分がすわっているブランコとくらべると、プラスチック板の部分が一段高くなっている。
 ドキッとした。
 見上げてみると、ロープが上の鉄パイプの骨組みに一回引っかけられてぶらさがっていた。
 そう、まるでそのブランコが一回転したあとみたいに……
posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | ブランコ一回転! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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