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2014年04月28日

マンガ部と達人クラブ5


「おい、待てよ」
 漁港のところで、いきなり呼びとめられた。コーサクが声の主の方にふりかえると、そこにはキョウ、相田キョウイチがいた。
 ニヤニヤ笑っている。笑顔だが、およそ友好的なものではない。背はコーサクと同じくらいの高さなので、小柄である。しかし、メガネをかけた丸顔のコーサクと、顔に何カ所かうすい傷跡のあり、よくバネの効いた足取りのキョウとでは、同じ小学6年生でも雰囲気がまったくちがう。
「あのデブとずいぶん仲良しになったな」
「デブ?」
 どうやらバンブーのことらしい。コーサクはこの日の朝の、バンブーとタイショウ、ノボ、キョウの三人組の間にあった軽いバトルのことを知らない。なんの用事でキョウは自分に声をかけてきたのかさっぱりわからないが、どうやらあまり楽しい要件ではなさそうだ。そう言えば、一時間目の算数係のとき、こいつは気になる目つきでバンブーと自分の方を見ていたっけ……
「それ、ちょっと貸してみろよ。何が入ってんだ?」
 つかつかと近づいてきて、コーサクが手に持っていたビニール袋を取り上げた。袋の底の部分をつまみあげてバサバサゆすると、中身がアスファルトの上に散乱した。袋の中身はつい先ほどまで図工室で作っていた新型鉄砲だった。みんなで苦心した作品が、無残に道路に散らばる。
 コーサクの頭の中で、瞬間的にバチバチと火花が散った。
 大切なものをぶちまけられた怒りで、思わず体が勝手に動く。背負っていたランドセルを右手に持ちなおして、思い切りキョウの頭の上から振り下ろした。
 日頃おとなしいコーサクが相手だったので、完全に油断していた。さすがのはしっこいキョウも、ランドセルの一撃をよけきれなかった。手で頭をかばうが、けっこうまともにくらってしまう。
 小学6年生の背負うランドセルは、教科書やノートがいっぱいつまっていて、かなりの重量がある。おまけにあちこちに金属部品があるので、まともにぶつけられるとかなり効く。
 そのままたたみかければコーサクの勝ちも十分あり得たのだが、そこまでだった。
「痛!」
 短く叫ぶとともに、さすがにケンカ慣れしたキョウは、すかさず反撃する。
 ケンカで先手を打たれた場合、相手をそのまま勢いづかせてはならない。キョウの右てのひらが、コーサクの鼻がしらを軽く打った。てのひらの方がゲンコツより広いので、鼻に確実に当てられるのだ。

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 ごく軽い打撃だったが、ツーンと鼻の奥に激痛が走り、コーサクの目には涙がにじんでくる。とっさにずれたメガネを確かめる。どうやら壊されてはいないようで、一安心する。
 メガネが壊れると、色々めんどうなことが増えるのだ。母親に事情説明したりとか……
(ガマンだ! ここで引くな!)
 コーサクはくじけそうになる心を、必死でふるい立たせる。
 ここで引けば、このあとずっとやられっぱなしになる。今この場面、たとえ結果は負けでも、「こいつはちょっとめんどうだ」と思わせなければならない。相手は同じクラスなのだから、このラウンドが終わってもまだまだ先は長い。ここで引けば、こいつの顔を見るたびに、びくびくしないといけなくなる。
 基本的には平和主義のコーサクだったが、男子としてそのくらいのことがわかるていどの経験は積んでいた。グッと目に力を込めて、そのままにらみつける。にらみ合った姿勢のまま、二人はしばらく動かない。
 キョウにとっては意外な事の成り行きだった。手強いバンブーがいない間に、仲良くなりそうなヤツには軽く一発かましてやろうと思っていただけだった。
 相手は日頃おとなしい工作オタクなので、少しおどしてやればすぐに泣きが入ると思っていたのだが、ちょっと変なぐあいになってしまった。このままとっくみあいのケンカになれば、自分の方が勝つのは確実だが、人通りもけっこうあるこの場で、あまり長くさわぐのもまずい。
 どうしようか、と思っていたところ、コーサクの鼻から少し鼻血が出ているのに気づいた。一応、自分が勝った形にはなっている。
「ヘッ、メガネくんが弱いくせに!」
 これさいわいとそれだけ言いすてて、キョウはその場を去った。
 コーサクはキョウが十分はなれてから、道路の上にちらばった輪ゴム鉄砲の部品をひろいあつめた。
 ふーっと一息ついてから指で鼻血をぬぐい、もう止まっているのを確かめた。メガネを外して目じりをぬぐう。涙がにじんでいるのは鼻頭をはたかれた痛みのせいだ。決して「メガネくん」呼ばわりされたせいじゃない……
 病み上がりの新学期、ドタバタの一日だった。良いことも悪いことも、てんこもりでやってきたが、全部ひっくるめれば、まんざらでもない一日だった。
 ただ、さすがに疲れた。
 家に帰ったら、今夜はもう工作はせずに、さっさと寝よう……


「フーン……」
 堤防のかげにかくれて様子をうかがっていたバンブーは、最初から最後までコーサクとキョウのやりとりを見届けていた。途中、何度か出て行こうかと思った瞬間もあったが、やっぱりやめておいた。
「コーサク、けっこうやるじゃん」
 そうつぶやいて、元来た道を引き返して行った。
 少しうれしそうな顔をしていた。


 そろそろ日のかたむいた6年1組の教室に、たった一人、担任の斎木マモル先生の姿があった
 下校時間はとっくに過ぎており、教室にも校庭にも、生徒の姿はない。職員室には先生が残っているが、それ以外の校舎内はガランとして静まりかえっている。斎木先生は、教室をゆっくり巡回しながら、生徒による掃除が行きとどかなかった所を清めたり、ゆがんだ机をまっすぐ直したりしている。
 斎木先生はきれい好き、片付け好きだ。良く言えば几帳面、悪く言えば神経質ということになる。教室うしろの掲示板に貼ってあるプリントなども、かたむいたものははりなおしていく。水平、垂直がピシッと守られていないと納得いかないらしい。小学校の教室は、少しチェックをおこたれば、たちまちグシャグシャにくずれて行ってしまう。先生の納得できる状態を維持するには、日々の努力が欠かせない。
 このレベルの整理整頓魔になると、まわりからはうるさがられるのが普通なのだが、斎木先生の場合はとくにそういうこともない。自分の整理整頓に対するこだわりを、生徒もふくめて他人には決して強制しないからだ。 
 お片付けは、単に目の前のものを収納すれば良いというものではない。それぞれのものには、ふさわしい場所というものがある。理想的な位置に収まったものは、使いやすく、片付けやすく、ちらばりにくくなる。その「理想の位置」は、頭で考えただけでは出てこない。実際にものを使い、日々の生活をおくる中で、具合の良い位置を探って行かなければならない。
 この新しいクラスの教室は、まだまだ何をどこにおけば良いのかわかりきっていない。ちらばりやすく、一回一回の片付けに試行錯誤が必要なので、時間がかかる。ゆっくり教室内を見回し、ときに立ち止まって考え事をしながら、もの静かな先生は、放課後のひと時を過ごしている。
一つ一つの座席にすわる生徒の顔を、一人一人思い浮かべながら、何事かを考え続けている……
(第三章おわり 第四章につづく)


posted by 九郎 at 22:57| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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