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2014年04月24日

マンガ部と達人クラブ1


 コーサクとバンブーは連れ立って図工室へと向かった。
 二子浦小学校のクラブ活動は、金曜日午後の最終授業だ。5、6年が対象で、新学年が始まったばかりの今の時期は、昨年度から持ち上がった新6年生しかいない。学年の変わり目でクラブをかわることもできるが、半数以上はそのままの所属で落ち着く。新5年生はこれから見学したり体験参加したりしながら、5月のゴールデンウイーク明けまでにクラブを決めることになる。
 コーサクの入っている「達人クラブ」というのは、実は美術部のことだ。
 どこの小学校でも、または中学高校でも、だいたいにおいて美術部などというものは、人気がないクラブの代名詞だ。わずか一人二人というところも少なくないし、もっとひどい場合には部員0で、消滅してしまっている場合も多い。
 ただ、ごくまれに、盛り上がっている例もある。マンガ好きの女子生徒が集まって、美術部の名を借りた「マンガ・イラスト部」になっている場合だ。
 浦小美術部も、まさにそのケースにあてはまっていた。
 コーサク達の学年より一つ上の卒業生の中に、プロのようなイラストを描く女子先輩が一人おり、彼女の人気でそれなりの人数の女子が集まったのだ。
 現在、新6年生の所属人数は5人。マンガ・イラストの活動を行っている女子が3人で、残る二人がコーサクとタツジンの「達人クラブ」二人組というわけだ。
 そして、去年まで女子ばっかりだった美術部に、場違いなコーサクとタツジンの二人組が入部する要因になったのが、図工担当の三又アツシ先生だった。
 授業を受けているとなんとなくわかってくるが、同じ図工の先生でも、実は一人一人専門がちがう。授業では絵画や立体造形、デザインなど、一通り何でも教えるが、先生本人が本当に得意なのはせいぜい一つか二つの分野だ。三又先生の場合は、「お絵描き」よりも「工作」の方が得意だったようで、自然と授業でもその手の課題が多くなった。
 そこにハマッたのが自他共に認める工作マニアのコーサクで、三又先生が監督を務める美術部に、よくつるんでいたタツジンとともに入部したのだ。
 かくして浦小美術部には、女子中心の「マンガ部」と、男子二人だけの「達人クラブ」が並び立つことになった。
 もっとも、変わり者二人組がごそごそとアヤシゲなシロモノばかり作っている「達人クラブ」よりも、活発な女子が多数所属する「マンガ部」の方が、はるかにはなやかな活動をくりひろげていたことはいうまでもない。
 ……というような事情を、コーサクはバンブーを図工室に案内するまでの道すがら、簡単に説明した。

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 図工室は校舎一階のすみっこにある。コーサクとバンブーが到着すると、手前にある準備室から、ちょうど美術部担当の三又先生が出てきたところだった。
 三又先生は年齢三十歳前後だろうか、中肉中背でがっしりしている。
 いかにも頑丈そうな体つきで、第一印象ではまず「絵の先生」という風には見えない。身につけた絵の具汚れの目立つつなぎは、一応洗濯だけはしてあるようだが、「ボロ着」としか表現しようがない。ほほやあごのあたりには、チラホラ無精ひげも見えている。いつもきちんとした斎木先生を見慣れていると、いかにもワイルドな感じがするが、図工教師というのは体育教師とならんで汚れやすい商売なので、身なりがラフなのは仕方のないことなのだろう。
「お、来たな達人クラブ! 何か新ネタはあるか?」
 コーサクは手に持ったボール紙包みを、「これこれ」と指差して見せた。
「そうか、持ってきたか! ちょっと出てくるから、あとで見せてくれよ!」
 そういい残すと、三又先生はサンダルを引っかけながらその場を去っていった。その姿を目で追いながら、バンブーが言った。
「あのおっさん、先生か?」
 小学生にとって、二十歳以上は、押しも押されもせぬ立派なおっさんである。
 あんまり先生には見えないだろうけどその通り、とコーサクは答えた。
(つづく)


posted by 九郎 at 22:50| 図工室の鉄砲合戦 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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