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2020年10月07日

「ブランコ一回転!」第四章1〜3(全)

第四章


 そして翌日、九月二十八日土曜日。
 午前中十時から十一時半までは、となり町のお寺でやっている剣道教室にいった。
 剣道は四年生になってからはじめた。
 基本の足運びや竹刀のにぎり方、素ぶりのけい古が中心で、チャンバラみたいな打ち合いは、まだやっていない。
 だから重くて大きい防具は必要ないので、道着と竹刀袋だけかついで、自転車でお寺まで通っている。
 剣道教室がおわると、家に帰ってお昼ごはん。
 そして一休みしてから、映画を見にいくことになっている。
 けっこう今日はいそがしい。
 映画を見るには電車にのらないといけないので、お母さんと出かける。
 最寄りの駅前商店街にも映画館はあるけれども、子ども向けの作品は上映していない。
 駅前通りは、元々は川すじだったという。
 何度も氾濫したその川を大規模工事で別のルートにつけかえ、埋め立ててできたのが今の商店街だそうだ。
 このあたりの事情は、前に小学校の社会の授業で勉強した。
 川の両岸の土手と土手の間を埋め立てたので、今でも駅前筋は他の場所より少しずつ盛り上がっている。
 昔のことをよく知っているぼくのおばあちゃんによると、駅前商店街には昔、ずらりと映画館や劇場がならんでいたそうだ。
 テレビ放送がはじまってからは客さんが少なくなって、だんだん劇場や映画館は減っていき、今では劇場一つと、小さな映画館がいくつかのこっているだけで、どこも「大人向け」だ。
 子どもでも楽しめる映画を見ようとすると、いくつか駅のはなれた中心街に出ないといけない。


 午前中は天気がよかったのに、お昼すぎからくもりがちになって、パラパラ小雨もふってきた。
 ぼくとお母さんは、カサをさして映画に出かけた。
 前から見たかったアニメ映画なのに、ざんねんながら、中身はぜんぜん頭に入ってこなかった。
 昨日の夜、お父さんから聞いた話が強烈すぎて、一夜明けた今も、それで頭がいっぱいだった。
 お父さんがじっさいに体験した二子浦小学校最初のブランコ事件は、考えれば考えるほど、今ぼくの身のまわりでおこっていることと、共通点が多かった。
 ブランコ一回転の伝説。
 公園のブランコが、上の鉄棒に一回ひっかけられるイタズラ(?)の件。
 そして、どうしても気になるのは、お父さんがいなり公園で出会ったという女の子のことだ。
 お父さんが女の子を目撃してから二十三年後、時期も同じ九月に、同じいなり公園で、同じようにブランコで遊んでいる美少年レン。
 どれも、「ブランコ一回転」に関わっている。
 これは、ぐうぜんなんだろうか?
 なんの関係もない方が不自然な気もしてくるけど、じゃあどんな関係があるのかといえば、それはまったくわからない……
 そんなことをぼんやりかんがえていたら、いつの間にか映画を見終わって、最寄りの私鉄駅に着いてしまっていた。
 お母さんといっしょに映画館から出て、電車にのって、ここまできたはずなのに、その間のことを全然おぼえてなくて、自分でもびっくりした。
「これからちょっと買い物して帰るけど、ヒサトはどうする?」
 お母さんが聞いてきた。
 ぼくは少しかんがえてから、
「え〜と、じゃあぼくはこのまま帰る!」
 と、答えた。
 チラッと駅の時計を見ると、午後六時すぎだった。
 お母さんが駅のすぐ横のスーパーに入るのを見とどけてから、ぼくは小雨のふる中、カサをさしてかけだした。
 もちろん、真っ直ぐ家になんか帰らない。
 この駅前商店街にある、いなり公園に向かった。
 レンとの約束は明日だったけど、もしかしたら今日も遊びに来てるかもしれない。
 いや、レンと会えるか会えないかは、どっちでもよかった。
 ぼくは今、どうしてもいなり公園のブランコにのってみたかった。
 雨にぬれてもかまわないから、のってみたかったんだ。


 ほどなく公園に着いた。
 着いたのはいいけど、ぼくはカサをさしたまま、入口あたりでかたまって、動けなくなってしまった。
 公園にレンはいなかった。
 かわりに、お侍さんがいた。

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 お侍さん?
 なんでこんなところにお侍さんが?
 小雨で、いつもよりさらにうす暗い中、クスノキの大木の下にあるお稲荷さんの祠の前に、その人は立っていた。
 お参りしているらしく、うしろ姿だ。
 うすむらさきの地に、あざやかな柄の着物。
 細身ですらりと背が高い。
 頭のうしろでたばねた長いかみは、腰までたれている。
 昔風のカサ、たしか番傘と言ったっけ?
 その番傘を持っているけど、さしてはいない。
 小雨がふっているはずのに、お侍さんのまわりだけ、ぬれていない。
 クスノキのしげった枝が雨よけになっているのだろうか、その下にある祠やブランコのあたりまで、地面は乾いたままだった。
 朱色の鳥居やノボリのならぶ、昔ながらのお稲荷さんの風景は、お侍さんの着物姿とよく似あっていた。
 まるでそのあたりだけ、タイムスリップしてしまったようだ。
 ぼくが立ちつくしていると、そのお侍さんはお参りおえて、ゆっくりふりかえった。
 軽く前がみのかかった顔は、くっきりとメイクされていた。
 ぼくはその時になってようやく、このお侍さんが、公園のとなりの劇場に出演している役者さんであるらしいことに気づいた。
 ものすごい美形だ。
 どこかで見たことがあると思ったら、今劇場の看板に大きく描かれている顔だった。
 この役者さんは、男?
 それとも女?
 どちらなのか、ぜんぜんわからなかった。
 ふりかえったお侍さんと目があった。
 黒くてキラキラかがやき出しそうな目でしばらくぼくを見つめると、「ニッ」と笑った。
 ぞくぞくするような笑顔だった。
 笑いながら、お侍さんは番傘をさし、ゆうゆうと歩きはじめた。
 そして劇場へとつづく曲がり角に、スッと消えていった。
 ぼくはそれを、立ちつくしたままずっと見送っていた。
 けっきょくその日、ブランコにはのらずに帰った。
 そういえば明日おばあちゃんと見るお芝居、きっとあのお侍さんも出るんだろうなと、うちに帰ってから気が付いた。

posted by 九郎 at 00:00| Comment(0) | ブランコ一回転! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする