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2020年10月12日

「ブランコ一回転!」第七章1〜2(全)

第七章


 翌日、九月三十日、月曜日。
 午後五時半、ぼくは一人いなり公園にむかった。
 もうレンは来ないとわかっていたけど、なんとなくもう一度行ってみた。
 やっぱりだれもいなかった。
 なんとなく景色が変わったと思ったら、一週間前にはたくさん咲いていたヒガンバナが、もう一本ものこっていなかった。
 変にガランとした公園で、何をするでもなくブランコにすわった。
 六時まで時間をつぶして、そのまま自転車で帰った。
 公園の横の劇場を通りかかると、シャッターが下りていて、「本日休業」の張り紙がしてあった。
 そして、看板が変わっていた。
 昨日までの白蓮座、浪川花蓮さんの美剣士にかわって、旅姿の役者さんの絵になっていた。
 明日は十月一日。
 次の劇団の公演がはじまるんだ。
 劇場前の通りを、ザーッと冷たい風が吹き抜けていく。
 もう夏の名残りは、かけらものこっていない。


 レンとは、いつかまた、きっと会える。
 何年先になるかわからないけど、また会える日が来る。
 友だちって、そういうものだと思う。
 たまに、レンの言葉を思い出す。

「できるけど、できない。できないけど、できる」
「やる方と見る方の間でなら、できないことでも本当になる」

 二十数年前、ぼくのお父さんと、一人の女の子の間で、「ブランコ一回転」の伝説が生まれた。
 二子浦小学校で語りつがれたその伝説がきっかけになって、レンの「ブランコ一回転」は、ぼくとの間で本当になった。
 では、ぼくにできる「ブランコ一回転」って、なんだろう?
 運動の才能がないぼくには、レンと同じことはできない。
 ぼくにだけできることがあるとしたら、それはやっぱり「ものの見方」をつかった何かだ。
 だからちょっとためしに、このノートに、レンとぼくの「ブランコ一回転」のことについて、書きとめてみている。
 これを読んだ人の頭の中で、「ブランコ一回転」が本当になるかどうか、それはぼくにはわからない。

 タツジンとトノサマに、レンのことをなんて話そうか、考えている。
 無理には話さないでおこうとも。

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「ブランコ一回転!」完
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2020年10月11日

「ブランコ一回転!」第六章1〜4(全)

第六章


 駅前劇場の公演は三時半ごろ終り、ぼくはいったん家に帰った。
 もうすぐ午後五時だ。
 雨もようは、まだつづいていた。
 パラパラとふったりやんだりで、夕方が近づいてきても、それはかわらない。
(どうしよう……)
 まどから外をながめながら、ぼくはかんがえる。
(雨でもレンは、公園にいくかな?)
 まちあわせの約束はしたけど、雨だったらどうするかまでは決めてなかった。
 レンとはあの公園で何回か遊んだだけなので、もちろん電話番号なんてわからない。
 どこの小学校に通っていて、家はどこなのかもわからない。
 そういえば、名字も知らなかった。
 知ってるのは、レンという名前と、ブランコ一回転をなんとかしようとしているらしいことだけだった。
 それだって、はっきりたしかめたわけじゃない。
 あらためて考えてみると、ぼくはレンのことをなんにも知らない。
 いや、知らなかった。
 そう、今日の大衆演劇「白蓮座」の公演を見るまでは……


 雨の公園にいっても、ブランコ遊びはムリだ。
 ブランコのことだけだったら、すっぽかしても、ふつうはおたがい気にしないだろう。
 次に会ったときに一言あやまればいいだけだ。
(あ、そうだ!)
 急に、ぼくは思い出した。
 昨日、いなり公園で見たきれいなお侍さん、つまり今日お芝居に出ていた浪川花蓮さんは、雨でもカサをさしていなかったっけ!
 あの公園には、大きなクスノキがある。
 まわりのビルのじゃまにならないように枝はかりこまれているけれども、公園の中では、じゅうぶんしげっていた。
 お稲荷さんの祠と、すぐとなりのブランコあたりは、小雨ぐらいならぬれないはずなんだ!
 そしてなによりも、遊ぶ約束をした時の、レンの言葉。
「ぜったい来てくれよ!」
 レンはたしかにそういった。
(よし!)
 ぼくは決心して立ちあがった。
 いなり公園に行くことにした。
 お母さんには声をかけない。
 日曜日で、もう午後五時になりそうだし、小雨もふってる。
 これから出かけるというと、なにかとややこしそうだ。
 どうせ六時すぎには帰るんだから、とくに問題はないはずだ。
 おそい時間に、校区外のさかり場の公園に行くことをのぞいては……


 結局、カサをさすほどではなかった小ぶりの雨の中、ぼくは自転車でいなり公園にのりつけた。
 そこには、当り前のようにレンの姿があった。
 雨雲のせいでいつもにましてうす暗い公園には、他にだれもいない。
 ぼくとレンのためだけにあつらえた場所みたいだった。
「ヒサトと遊べるの、今日で最後になると思う」
 ブランコに着くなり、待っていたようにレンはそういった。
「え! なんで?」
「遠くへいくから」
「遠くって、引っこし?」
 レンはちょっと目をふせて、笑った。
 これはあやしくない笑顔。
「引っこしじゃないよ!」
 そうだ、引っこしではない。
 明日、九月が終ってしまうからだ。
 ぼくはそれをわかっていて、たぶんレンもそのことをわかっているぼくのことを、わかっている。
 おたがい、よけいなことは言わない、聞かない。
 今はそれでいい。
 ぼくは言った。
「そっかあ。でも、さびしくなるなあ」
「ほんとか? ほんとにさびしい?」
「あたりまえじゃん! 友だちだろ!」
 ぼくは、思いきって「友だち」という言葉をつかった。
「オレって、ヒサトの友だちなのか?」
 とまどったようにレンはいった。
「今日あわせて、四回しか遊んでないのに?」
 ぼくはちょっと笑ってしまった。
 レン、ぼくと遊んだ回数、かぞえてたのか。
「友だちになるのに、回数なんて関係ないよ」
 一度思い切って「友だち」という言葉を出してしまえば、あとはもう気が楽だ。
「本当に仲良くなるヤツは、会ったときからもうわかってる。あとは、いっしょに遊んで、話して、『やっぱりな』ってたしかめるだけだ」
 これは、ぼくがずっと前から思っていたことだ。
「レンとここではじめて会ったときから、友だちだってわかってたよ!」


 いなり公園のブランコは、思ったとおり、クスノキがカサになって、雨にぬれていなかった。
 レンとぼくは、カサもささずに、二人ならんでブランコにのった。
「ヒサトはオレのブランコ一回転、見たいか?」
「レン、やっぱり一回転できるんだね?」
「できるけど、できない。できないけど、できる」
 レンはニッと笑っていった。
「本当は、全部見せちゃいけない。ちらっとかいまみせるだけなら、やる方と見る方の間で、一回転は本当になる」
 ぼくは、背すじがゾクゾクしてきた。
「ヒサトはオレの友だちだから、全部見せてもいい。でも、一回転の夢を見ていたいなら、全部は見ない方がいいかもしれない。どうする?」
「見るよ、全部! 友だちだから!」
 レンはうなずいて、すばやくあたりを見まわした。
 だれもいないのをたしかめてから、大きく立ちこぎをはじめた。
 ぼくは自分がのっているブランコを止め、かたずをのんでレンを見守る。
 レンのブランコは一気に加速する。
 すぐに「水平のカベ」に近くなる。
 そのまま二回、三回と大きくこいで、いきおいをつける。
 いきおいをつける。
 いきおいをつける。
 もう一度、いきおいをつける。
 レンののるブランコのプラスチック板が、スイングした前の頂点で、フワッとうき上がりはじめる。
 ぼくなら、ここまでだ。
 体重がふっと消える、あの「水平のカベ」の感覚。
 その先へは、ぼくは進めない。
 普通はだれも進めない。
「ヒサト! やるぞ!」
 レンがさけぶ。
「よく見とけよ!」
 ぼくはもう、一瞬も見のがすまいと、目をみはった。
 レンがのるブランコが、大きくうしろにスイングした。
 その瞬間、レンは右足をブランコのプラスチック板のふちに引っかけた。
 そのまましゃがみこんで、重心を一気に下へ。
 自分の体重をマックスでブランコに伝え、加速。
 ものすごいスピードで、レンのブランコがぼくの横をすりぬけていく。
 レンは曲げたひざを一気にのばして、さらに加速。
 ブランコは「水平のカベ」を突きぬけて、さっき以上にフワッとうき上がる。
 その瞬間――
 板のふちにかかったレンの右足が、「ガッ!」とはね上がる。
 同時にロープを手放す。
 サッカーのオーバーヘッドキックみたいに、レンの体が宙で一回転する。
 それは、ほれぼれするほどきれいな宙返りだった。
 その瞬間は、まるで写真のように、ぼくの頭にやきつけられた。
 たぶんぼくは、その一枚の「絵」を、一生わすれないだろう。

 ザンッ!

 ひざのクッションをきかせてレンが着地する。
 右足ではね上げられたブランコの板は、鉄の骨組みの上をこえて、うしろへ。
 うしろへ。
 うしろへ。
 フワッと、うしろへ……

 ガシャン!

 大きな音を立て、骨組みの上にロープが一回引っかけられたかたちで、ブランコのプラスチック板が落下する。
 いきおいあまったブランコは、しゃがんで着地したレンの背後で、でたらめにガシャガシャゆれ、やがて止まる……

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「レン!」
 思わずぼくはさけぶ。
 なにごともなかったように、レンがすっと立ち上がって、こちらをふりむいた。
 長いかみが乱れ、大きく見開かれた目はキラキラかがやき、口もとは「ニッ」と笑っていた。
「レン! レン! すごいよ! 一回転だよ!」
 かるく息をつきながら、レンが答える。
「でも、ヒサトが思ってたのと、ちがうだろう?」
「そんなのどうだっていいよ! こんなのレン以外、だれにもできないよ! これはぜったいブランコ一回転だよ!」
「ありがとう、ヒサト。楽しかった」
 レンはそれだけいいのこすと、ブランコのさくをヒラリととびこえた。
 公園の入り口で一度ふりかえり、ニコッと笑って、そのまま走り去った。
 公園のとなりの劇場の角を曲がり、姿を消した。

 それっきりだった。
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2020年10月10日

「ブランコ一回転!」第五章7〜9


「どうだった、ヒサト。おもしろかった?」
 休憩時間に入ってから、ぼくの様子をうかがうようにおばあちゃんが聞いてきた。
「うん、すごくおもしろかったよ!」
「ああ、よかった! 時代劇が好きで、剣道も習っているヒサトなら、きっと気に入るだろうと思ってたけど、実はちょっと心配もしてたのよ。ほら、他に子どものお客さんはいないからねえ……」
「とくに花蓮さんと蓮蔵さんの戦いに迫力があって、こっちは見てるだけなのに息が止まりそうだった」
「そうそう、この劇団は殺陣の迫力で人気なんだよ。花蓮さんも蓮蔵さんも、昔から天才的に体が効いたからね」
「昔から?」
「二人とも小学生のころから子役で舞台に立っててね、派手なアクロバットで人気だったんだよ」
「へ〜、そうだったんだ」
「お芝居はこれで終わったけど、この後、第三部のグランドショーがあるよ。本当をいうとね、おばあちゃんはお芝居より最後のショーの方が好きで楽しみなんだ。そういうファンの人、けっこう多くてね」
 劇団がやってる「大衆演劇」だけど、お芝居がメインじゃなくて、ショー目当てのお客さんが多い?
 またちょっと頭が混乱してきたけど、おばあちゃんは例によって「見ればわかる!」と笑っていた。
 ぼくにお芝居の感想を聞くまで、実は不安があったそうなんだけど、今度は本当に、自信たっぷりの様子だった。


 あくまでお客さんへのあいさつ、軽目の顔見せという感じだった第一部のミニショーとちがって、第三部のグランドショーは、出演する役者さん全員の「本気モード」が見えた気がした。
 衣装や照明が豪華だったし、踊りや芸も全開だった。
 一応「和風の見た目」はベースにしてあるけれども、BGMは演歌もPOPSも洋楽もなんでもありで、お客さん本位の自由な雰囲気は相変わらずだった。
 これでもかこれでもかというほど演目はつづき、中でも主役級の花蓮さんと蓮蔵さんの二人は出番が多く、どちらか一人は常に舞台に立っているような状態だった。
 この「白蓮座」は、とにかくこの二人をカッコよく、きれいに見せるための劇団なのかもしれないと思った。
 そして、第三部も中盤にさしかかった時、ぼくは登場したある役者さんに目をうばわれた。
 三味線をかき鳴らすBGM、はげしいスモークの中から現れたのは、全身黒づくめの衣装に、目のあたりだけ開いた覆面を被った忍者、それも、細身で小柄な子供の忍者だったのだ!
「あら、なつかしい! 少年忍者じゃない!」
 となりの席で、おばあちゃんが小さく叫んだ。
「少年忍者?」
「この劇団の子役はね、アクロバットを活かした『少年忍者』の演目で舞台デビューすることが多いんだよ。花蓮さんも蓮蔵さんも、最初はそうだったの。花蓮さんが二十年くらい、蓮蔵さんが十年くらい前だったっけ……」
 おばあちゃんは昔を思い出しながら言った。
「そうか、もう新しい子役さんが出てくる時代になったんだねえ……」
 話している間にも、舞台上の忍者少年は、はげしいアクションをくり広げていた。
 前転、後転、側転、宙返り、バック宙なんかをおりまぜながら、はげしく動き、はげしく踊り狂っている。
 腰にさした短刀を抜き、大人の役者さん数人の敵役を相手に大立ち回りを演じる。
 舞台セットのあちこちから、消えては出、出ては消える。
 小柄な体格を活かして神出鬼没、まるで手品みたいな大活躍だ。
 覆面で顔は見えないけれども、年かっこうは、たぶんぼくと同じくらいに見える。
 それなのに、お客さんが大ぜいつめかけた舞台で、自由自在に跳ね回り、歓声を浴びている。

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 すごい!
 すごい!
 こんなすごい子供が、本当にいるんだ!
 感動するのと同時に、ぼくの頭の中には、ここ最近の様々な出来事やシーンが、高速で再生されていく。
 そして、パズルのピースが次々にはまるように、きれいに一つの「絵」が組みあがっていく……

 あっ!
 あっ!
 あーーーーーっ!

 心の中で声が上がる。

 自分と同じ年かっこうの、小柄で細身な「少年忍者」!
 大衆演劇専門の劇場と、その近所のいなり公園!
 アクロバットの天才一家!
 花蓮さんは「カレン」さん!
 蓮蔵さんは「レンゾウ」さん!
 そして……

 なぞの美少年「レン」!!

 ブランコ一回転!!

 ぼくは思わず、客席から立ち上がってしまった。
 その時、舞台上の少年忍者が、一瞬だけ立ち止まり、きらりと光る眼でこっちを見た、
 ……ような気がした。


 その後も演目はつづき、劇団「白蓮座」九月公演、楽日昼の部、第三部グランドショーは、クライマックスへとなだれ込んでいった。
 最後の演目はやっぱりこの人、女座長・浪川花蓮さんの独演舞踊だった。
 今までにもまして派手な衣装、照明の中、BGMだけは静かな邦楽、はじめはゆったりしたテンポで、花蓮さんは舞い始めた。
 途中、片袖でサッと顔をぬぐう仕草を見せた次の瞬間、花蓮さんのあのきれいな顔が、突然恐ろしい般若の仮面に変わった。
 そしてしばらく舞った後、くるりとふり返ると、また元の花蓮さんの顔。
 般若の仮面はどこにも見当たらない。
 BGMが徐々にアップテンポになってくると、花蓮さんの舞いもはげしくなってくる。
 大きくジャンプしてしゃがみこみ、伏せた顔をサッと上げると、そこには牙をむき、つりあがった目の狐面。
 人間ではないケモノの舞がしばらく続き、くるりとふりかえるとまた元の顔。
 般若。
 狐。
 花蓮。
 少しずつ変身のテンポは上がっていく。
 花蓮。
 般若。
 花蓮、狐。
 狐、般若、花蓮。
 花蓮、狐、般若、狐、花蓮。
 最後にはもう、ほとんど一挙動ずつ、クルクルと顔が入れ代わる。
 そして……
 タンッ!
 BGMが突然消え、闇の中、無音で浮かび上がった花蓮さんの両手には、それぞれ般若と狐の仮面がかざされている。
 その両手の仮面も、花蓮さんがくるりと手を回転させた瞬間、魔法のように消えてしまった。
 潮が満ちるように歓声と拍手が起きて、幕は閉まっていった。

 短いアンコールの後、ぼくは夢見心地のまま、おばあちゃんと劇場を後にした。
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2020年10月09日

「ブランコ一回転!」第五章4〜6


 大音量のBGM、スポットライトとともに、舞台の左右に二人の役者さんが登場した。
 あとでおばあちゃんに客席から見て舞台右を上手(かみて)、左を下手(しもて)というと教えてもらった。
 その上手に登場したのが、あの看板のお侍さん、女座長の浪川花蓮さんらしい。
 すらりと背が高く、細身で、動きの一つ一つが特撮ヒーローの「決めポーズ」みたいに絵になっている。
 キラキラした紫の着流し姿は、現実の人間というよりは、まるでマンガやアニメの世界の登場人物みたいにカッコいい。
 どこからみても男に見えるけど、とんでもなくきれいな顔立ちなので、実は女の人だときいても普通になっとくしてしまう。
 そして舞台下手に登場したのが、こちらは華やかな着物姿の「お姫さま」だった。
 男役と女役のちがいはあるけれど、女座長さんとよく似た顔立ち、体格は、まるで同一人物みたいだった。

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「ほら、あっちの女役が座長の弟、浪川蓮蔵さん!」
 ぼくの耳元で、おばあちゃんが小声で教えてくれた。
「えっ! 弟?」
「そうそう、お姉ちゃんとそっくりでしょう。年は十歳くらいはなれてるはずだけど、ほんとによく似てるわ!」
 ぼくはなんだか頭がクラクラしてきた。
 女座長がカッコよくてきれいなお侍さんで、その弟さんが、これもとんでもなくきれいな女役。
 二人は役の上では性別が逆転しながらも、鏡に映したみたいにそっくり。
 顔が似て見えるのは、もちろんメイクのせいもあるんだろうけど、なんというか、からだ全体のシルエットや雰囲気が、「おんなじ」なのだ。
 びっくりするポイントが多すぎて、いったい何にびっくりしたらいいのか分からなくなってくる。
 常連さんがほとんどだろう客席は、はじめてのぼくみたいに一々おどろいてはいないはずだけど、とにかくもう盛り上がってしまっている。
 二人が舞台に出てきただけで一気に最高潮なのた。
 舞台上の二人は「ニッ」と笑いながらお客さんに視線を送り、少しずつ客席側ににじり寄ってくる。
 BGMに合わせて「踊っている」という感じではないのだけれど、一歩進むごとにポーズと表情がピタリと決まっていく。
 着物の裾や袖、襟元がたくみにさばかれている。
 ぼくは和服を着たことなんてほとんどないけど、浴衣なら何度かある。
 着慣れないものだから、少し動いただけでもあちこちずれ、ぬげてしまいそうになって大変だったのを覚えている。
 剣道を習いはじめて道着を着るようになってからはちょっとマシになったけど、今舞台上にいる二人みたいには絶対行かないのはわかる。
 どの瞬間を切り取っても「絵」になっていて、それがピタリと決まるたびに客席から歓声がわく。
 舞台近くに熱心なファンの人達が集まってるということもあるけど、会場全体が二人の役者さんの動きや表情の一つ一つに夢中になってしまっていて、手のひらの上でコロコロ転がされているようだ。
 はじめて見に来たぼくですら、もう手のひらの上にのってしまっている。
 役者さんの二人が舞台の一番前まで出てくると、またびっくりすることが起こった。
 前の方に座っていたお客さんが、何人も役者さんに方にかけよっていったのだ。
 手に手に封筒をもっていき、しゃがみこんだ役者さんの襟元に、大きなクリップみたいなものではさみ込んでいく。
(あれは何?)
 そうおばあちゃんに聞こうとした瞬間、ドキッとした。
 封筒じゃなく、むき出しのお札(たぶん一万円!)をはさんだお客さんが見えたのだ。
(えっ!? お金? じゃあ、他のあの封筒も全部……)
 ぼくは口まで出かかった言葉をのみこんだ。
「あれはね、『おひねり』って言うんだよ」
 ぼくの様子に気づいたおばあちゃんが、そっと耳打ちで教えてくれた。
「花蓮さんも蓮蔵さんも、あいかわらずすごい人気だねえ……」
 とにかく、開演早々盛り上がってる!
 ぼくが理解できたのは、それだけだった。
 お芝居も何も始まっていないうちからこの調子では、これから先、いったいどんなことになってしまうのだろう?


 浪川花蓮さん、蓮蔵さんの出番が終った後も、第一部のミニショーには入れ代わり立ち代わりで色んな役者さんが登場した。
カッコいい人はカッコよく、きれいな人はきれいに、面白い人は面白く、それぞれの芸風でミニショーは三十分くらい続いただろうか。
 ひとしきり顔見せが終ったところで第一部終了、十分間休憩になった。
 はじめて見に来たぼくにも、「大衆演劇」というのがどんなものか、なんとなくだけどわかってきた気がした。
 それは一言でいうと、「なんでもあり」だ。
 衣装は一応和服、BGMも和風のアレンジのものが多いんだけど、ぼくの知ってる伝統芸能とはちょっとちがう。
 和服は演歌歌手の人たちが着るような、かなり派手な衣装だし、音楽はロック風のかなりはげしいアレンジのものが多い。
 衣装もメイクもBGMも何もかも、とにかく派手ではげしく、そしてわかりやすい。
 開演前におばあちゃんが言っていた「とにかく見ればわかる」というのは、なるほどこういうことだったのかと思った。
 お客さんの方もお行儀よく見ているだけではなく、歓声をあげたり、例の「おひねり」をわたしに行ったり、とてもにぎやかだ。
 役者さんは役者さんで、そういうお客さんの反応を引き出しながら、笑顔でよゆうをもってやりとりしている。
 舞台と客席がすごく近い感じがするんだ。
 ちょっとトイレに行こうと思って売店の前を通りかかると、お菓子やお茶といっしょに見覚えのある大きなクリップもならんでいた。
 あの「おひねり」を役者さんの襟元にとめていたクリップだ。
 へ〜、こんなのまで売ってるのかと感心しながら、トイレに入った。
 男子トイレはガラガラだったけど、おとなりの女子トイレには、長い行列ができていた。


 休憩時間が終ると、第二部のお芝居がはじまった。
 女座長の花蓮さんは、あいかわらずカッコよくてきれいなサムライ役。
 弟の蓮蔵さんは、今度は男役だった。
 お姉さんに負けず劣らずのカッコよくてきれいで、そしてほれぼれするほど「悪い」剣客に変身して、主役のお姉さんとはげしい切り合いを演じていた。
 細かい筋立てよりも、とにかく剣の戦いのシーンの迫力に圧倒されるお芝居だった。
 今の僕は、ほんの少しだけど剣道を習っているので、日本刀の戦いがお芝居のようにはならないのは知っている。
 今の剣道だって、使うのは竹で出来た竹刀なので、本物の刀で切り合っていた昔のお侍の戦いとはちがうのかもしれない。
 それでも、お芝居の中の剣の使い方よりは、本物の剣の使い方に近いはずだ。
 TVや映画、マンガの中の剣の戦いとはちがって、剣道では思ったほどには竹刀をふりまわさないし、刀をぶつけあったりもしない。
 先生や先輩たちの試合を見ていると、はげしく何度も打ち合うというような場面はほとんど見かけない。
 遠い間合いから目で追えないほどの一瞬で勝負が決まることも多い。
 習っていない人が剣道の試合を見ても、正直あまり面白くないのではないかと思う。
 お芝居の中で、そういう剣道の戦いをいくらリアルに再現したとしても、お客さんのほとんどは目の前で何が起こっているかわからないだろう。
 今ぼくが見ている二人の役者さんのお芝居は、ちがう。
 刀の動きははげしく、ものすごく速く見えるけど、ちゃんと全部目で追えて、何が起こっているかお客さん全員に伝わっている。
 使っている刀はもちろん作り物で、絶対に体には当たらないように練習してあるはずなのに、思わず目をそむけたくなるほどスリリングで怖い。
 それでいて、二人の表情やポーズは一瞬一瞬がカッコよく、きれいで、例によって着物の袖や襟元、裾のすみずみまでピタリと決まっている。
 何よりも、戦わなければならない二人の気持ちが伝わってくる。
 お芝居。
 作りごと。
 ウソ。
 二人の戦いも、刀も、気持ちも、全部本物じゃない。
 それは、ぼくもふくめたお客さんには分かり切っているはずなのに、全員が手に汗をにぎって舞台に見入ってしまっている。
 やってることは本当じゃないのに、やる方と見る方の間で、まるで本当のことのような幻が生まれる……
 あれ?
 あれ?
 前にも一度、これと同じようなことをかんがえたことがあるような?
 だれかと話したことがあるような?
 いつのことだったっけ……
 そんなことを思っているうちに、盛大な拍手と歓声の中、第二部のお芝居の幕は閉じていった。

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2020年10月08日

「ブランコ一回転!」第五章1〜3

第五章


 九月二十九日、日曜日。
 朝十時半から、いなり公園のすぐとなりにある劇場へ、お芝居を見に出かけた。
 駅前のそのあたりは校区外だけど、そうは言ってもうちの近所のことなので、おばあちゃんとは劇場前で待ち合わせた。
 お芝居の開演自体はお昼の十二時かららしい。
 それにしてはやけに早い待ち合わせ時間だと思ったけど、たまにこの劇場でお芝居を見ているおばあちゃんの意見で、そうなった。
 劇場が開くのが十一時からなので、席取りのために少し早目にならんだ方がいいということで、十時半には着いておきたいのだそうだ。
 ブランコの特訓のためにいなり公園に行くときはいつも自転車だったけど、劇場に駐輪スペースは無いので今日は歩かないといけない。
 それに、昨日からの雨模様はまだ続いていて、朝から小雨が降ったりやんだりなので、どっちにしても自転車は使えない。
 一応持っているカサを開くほどではない曇り空の下、いつもより時間をかけていなり公園へ向かう道を歩く。
 やがて駅が近くなり、劇場の大看板が見えてくる。
 アップで描かれているのは、昨日雨のお稲荷さんで見かけた、あのお侍さんの顔だ。
 今気づいたけど、この看板はもしかして手描きだろうか。
 遠目にはひきのばした写真に見えたけど、近づくごとに絵の具で描いたような筆あとが見えてくる。
 これだけ大きい手描き看板って、見たのははじめてかもしれない。
 お侍さんのアップの横には、これも大きな字で「白蓮座」「座長、浪川花蓮」と書いてある。
 入り口の上の看板を見上げながら歩いていると、先に着いていたおばあちゃんが声をかけてきた。
「おはよう、ヒサト。こっちこっち!」
 おばあちゃんは、受け付け前にできている列の真ん中あたりにもう並んでいて、そこから手まねきしていた。
 並んでいる人数はそんなに多くなく、二、三十人といったところだろうか。
 ぼくのおばあちゃんと同じぐらいの年の女の人が多かったので、声がした方を少しきょろきょろ見回してしまった。
「今日は付き合ってくれてありがとう。ヒサトはここの劇場、はじめてだっけ?」
「うん。このあたりを通ったときに、いつもあの看板が気になって、いっぺん見てみたかったんだ」
 ぼくは、おばあちゃんの横に入れてもらいながら答えた。
「もうすぐ開場するから、しばらくだけ並ぶよ」
 そうしている間にもぼちぼちお客さんは集まり、開場待ちの行列はのびていった。
「今日は日曜で楽日だから、ちょっと混むなあ」
「ラクビ?」
「お芝居の最終日ってこと。明日の三十日はお休みで、明後日の十月からは、また別の劇団の公演が始まるんだよ。九月の本当の最終公演は今日の夜の部だけど、今から始まる昼の部も入りが多そうだね」
 おばあちゃん、さすがにくわしい。
「あの看板のお侍さんが主役?」
「主役というか劇団『白蓮座』の座長、ナミカワカレンさん。こういうところでやってるのを大衆演劇というんだけど、お芝居だけじゃなくて色んなショーもあるんだよ。座長というのはそういう色んな出し物を仕切るリーダー。もちろん主役もやるよ」
「もしかして女の人?」
「そう。大衆演劇で女座長さんというのはちょっと珍しくてね。でもカッコいいでしょ?」
 おばあちゃんが何度か言った「大衆演劇」というのがどんなものなのか、ぼくにはもう一つ分かりにくかった。
 看板の雰囲気から、なんとなく「時代劇らしい」ということは分かる。
 TVの時代劇だったらぼくも好きでよく見ているけど、そのお芝居を生で見たことはない。
 小学校で日本の伝統芸能を解説した授業は受けたことならある。
 短い能や歌舞伎のビデオは見たし、体育館で落語や狂言を見せてもらったこともあって、けっこう面白かったのを覚えている。
 大衆演劇というのは、ああいう伝統芸能とはまた別のものなんだろうか?
 おばあちゃんに聞いてみても、「とにかく見ればわかるから」と笑うばかりだ。
「そう言えば、ぼく、昨日あの人を近くの公演で見かけたよ。お稲荷さんにお参りしてた」
「ああ、クスノキ稲荷さんね。あそこは昔から芸能にご利益があると言われてるから、この劇場に出る役者さんは、みんなお参りに行くんだよ」
 そんな話をしているうちに、いよいよ開場時間になった。


 受け付けをすませ、劇場の中に入った。
 ロビーをぬけて入場すると、正面に幕のおりた舞台があり、小学校の体育館の半分くらいに見える客席には、映画館みたいなシートが並んでいる。
 二階席や、イス無しで直接座る席(あとでおばあちゃんに「桟敷席」だと教えてもらった)もあった。
 おばあちゃんの意見で、舞台近くは熱心なファンの人がつめかけるから、少し後ろでゆっくり見ようということになった。
 ぼくは映画でも後ろの席で画面全体を見わたす方が好きなので、ちょうどいいと思った。
 おばあちゃんは言った。
「ファンも色々だから」
 一口に大衆演劇ファンと言っても、ひいきの役者さんの追っかけみたいな熱心なファンの人もいるし、劇団自体のファンもいる。
 大衆演劇なら何でも好きというファンもいるし、他にも色んな好みがあるのだそうだ。
 ぼくのおばあちゃんの場合は、決まった役者や劇団のファンというよりは、地元にあるこの劇場の雰囲気が好きだという。
 若いころ、友だちにさそわれて見に来たら、すごく楽しくて、それ以来、熱心なファンというほどではないけど、時々思い出したようにこの劇場に来たくなるのだそうだ。
 年に何度か気が向いた時に、お祭に出かけるような気分でお芝居を見に来る。
 うちのおばあちゃんは、そんなファンなんだって。


 ひとしきりお客さんが入って席がうまると、おばあちゃんがお弁当を出してくれた。
「少し早いけどお昼にしようか。公演が始まっちゃうと食べるタイミングが難しくなるから。なにしろ正午から三時半くらいまで公演は続くからね」
「そんなに? 長いお芝居なんだね!」
 三時間半と聞いて、最期まであきずに見ていられるかどうか、ぼくはちょっと不安になった。
「大丈夫、大丈夫」
 おばあちゃんは笑いながら言った。
「途中休憩が何回かあるし、さっきも言ったけど、ずっとお芝居じゃなくて、色んなショーがあるからね。あきないし、ヒサトだったらきっと楽しめるよ」
 そんなもんかと思いながら、ぼくはお弁当を広げ、おばあちゃんと食べた。

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 他のお客さんたちも、お弁当を出したり、売店でうどんやおにぎりを買ったりして、それぞれ開演までにお昼ごはんをすませているようだった。
 お客さんの九割ぐらいは女の人で、若い人からおばあちゃんまで色々いた。
 おじさんも一割ぐらいはいたけど、ぼくみたいな子供はさすがに見当たらない。
 子供でもほんとにちゃんと最後まで見ていられるか、またちょっと不安になったけど、おばあちゃんは「ぜんぜんむずかしくないから、ぜったい大丈夫!」と笑うばかりだ。
 お弁当をたいらげ、お腹もふくれたところで、そろそろ開演時間がせまってきた。
 客席がぎっしりうまってくる。
「おや、珍しい。今日は二階席も開けてるようだわ」
 おばあちゃんが上の方を見上げながら言った。
 ぼくたちが座っている後ろの方の席からは二階席は見えないけど、確かに話し声が上から聞こえてくる。
 おばあちゃんによると、二階席は桟敷席だけで、舞台がちょっと見えにくいこともあって、普段はあまり開放しないのだそうだ。
 今日のお客の入りはかなり多いらしい。
 そう言えば、一階席のシートの後ろには何列かパイプいすが並べられていて、バスの補助席みたいになっている。
 やがて、客席に低く流れていたBGMが、少しずつ大きな音量になってきた。
 それにつれ、照明もだんだん暗くなってくる。
「ヒサト! ほら、始まるよ!」
 おばあちゃんが小さく言い、ぼくたちは食べ終わったお弁当をいそいで片づけた。
――まもなく、第一部ミニショーがはじまります!
 すっかり暗くなった客席に場内アナウンスが流れ、ゆるゆると舞台の幕が上がっていく。
 いよいよ公演のはじまりだ。
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2020年10月07日

「ブランコ一回転!」第四章1〜3(全)

第四章


 そして翌日、九月二十八日土曜日。
 午前中十時から十一時半までは、となり町のお寺でやっている剣道教室にいった。
 剣道は四年生になってからはじめた。
 基本の足運びや竹刀のにぎり方、素ぶりのけい古が中心で、チャンバラみたいな打ち合いは、まだやっていない。
 だから重くて大きい防具は必要ないので、道着と竹刀袋だけかついで、自転車でお寺まで通っている。
 剣道教室がおわると、家に帰ってお昼ごはん。
 そして一休みしてから、映画を見にいくことになっている。
 けっこう今日はいそがしい。
 映画を見るには電車にのらないといけないので、お母さんと出かける。
 最寄りの駅前商店街にも映画館はあるけれども、子ども向けの作品は上映していない。
 駅前通りは、元々は川すじだったという。
 何度も氾濫したその川を大規模工事で別のルートにつけかえ、埋め立ててできたのが今の商店街だそうだ。
 このあたりの事情は、前に小学校の社会の授業で勉強した。
 川の両岸の土手と土手の間を埋め立てたので、今でも駅前筋は他の場所より少しずつ盛り上がっている。
 昔のことをよく知っているぼくのおばあちゃんによると、駅前商店街には昔、ずらりと映画館や劇場がならんでいたそうだ。
 テレビ放送がはじまってからは客さんが少なくなって、だんだん劇場や映画館は減っていき、今では劇場一つと、小さな映画館がいくつかのこっているだけで、どこも「大人向け」だ。
 子どもでも楽しめる映画を見ようとすると、いくつか駅のはなれた中心街に出ないといけない。


 午前中は天気がよかったのに、お昼すぎからくもりがちになって、パラパラ小雨もふってきた。
 ぼくとお母さんは、カサをさして映画に出かけた。
 前から見たかったアニメ映画なのに、ざんねんながら、中身はぜんぜん頭に入ってこなかった。
 昨日の夜、お父さんから聞いた話が強烈すぎて、一夜明けた今も、それで頭がいっぱいだった。
 お父さんがじっさいに体験した二子浦小学校最初のブランコ事件は、考えれば考えるほど、今ぼくの身のまわりでおこっていることと、共通点が多かった。
 ブランコ一回転の伝説。
 公園のブランコが、上の鉄棒に一回ひっかけられるイタズラ(?)の件。
 そして、どうしても気になるのは、お父さんがいなり公園で出会ったという女の子のことだ。
 お父さんが女の子を目撃してから二十三年後、時期も同じ九月に、同じいなり公園で、同じようにブランコで遊んでいる美少年レン。
 どれも、「ブランコ一回転」に関わっている。
 これは、ぐうぜんなんだろうか?
 なんの関係もない方が不自然な気もしてくるけど、じゃあどんな関係があるのかといえば、それはまったくわからない……
 そんなことをぼんやりかんがえていたら、いつの間にか映画を見終わって、最寄りの私鉄駅に着いてしまっていた。
 お母さんといっしょに映画館から出て、電車にのって、ここまできたはずなのに、その間のことを全然おぼえてなくて、自分でもびっくりした。
「これからちょっと買い物して帰るけど、ヒサトはどうする?」
 お母さんが聞いてきた。
 ぼくは少しかんがえてから、
「え〜と、じゃあぼくはこのまま帰る!」
 と、答えた。
 チラッと駅の時計を見ると、午後六時すぎだった。
 お母さんが駅のすぐ横のスーパーに入るのを見とどけてから、ぼくは小雨のふる中、カサをさしてかけだした。
 もちろん、真っ直ぐ家になんか帰らない。
 この駅前商店街にある、いなり公園に向かった。
 レンとの約束は明日だったけど、もしかしたら今日も遊びに来てるかもしれない。
 いや、レンと会えるか会えないかは、どっちでもよかった。
 ぼくは今、どうしてもいなり公園のブランコにのってみたかった。
 雨にぬれてもかまわないから、のってみたかったんだ。


 ほどなく公園に着いた。
 着いたのはいいけど、ぼくはカサをさしたまま、入口あたりでかたまって、動けなくなってしまった。
 公園にレンはいなかった。
 かわりに、お侍さんがいた。

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 お侍さん?
 なんでこんなところにお侍さんが?
 小雨で、いつもよりさらにうす暗い中、クスノキの大木の下にあるお稲荷さんの祠の前に、その人は立っていた。
 お参りしているらしく、うしろ姿だ。
 うすむらさきの地に、あざやかな柄の着物。
 細身ですらりと背が高い。
 頭のうしろでたばねた長いかみは、腰までたれている。
 昔風のカサ、たしか番傘と言ったっけ?
 その番傘を持っているけど、さしてはいない。
 小雨がふっているはずのに、お侍さんのまわりだけ、ぬれていない。
 クスノキのしげった枝が雨よけになっているのだろうか、その下にある祠やブランコのあたりまで、地面は乾いたままだった。
 朱色の鳥居やノボリのならぶ、昔ながらのお稲荷さんの風景は、お侍さんの着物姿とよく似あっていた。
 まるでそのあたりだけ、タイムスリップしてしまったようだ。
 ぼくが立ちつくしていると、そのお侍さんはお参りおえて、ゆっくりふりかえった。
 軽く前がみのかかった顔は、くっきりとメイクされていた。
 ぼくはその時になってようやく、このお侍さんが、公園のとなりの劇場に出演している役者さんであるらしいことに気づいた。
 ものすごい美形だ。
 どこかで見たことがあると思ったら、今劇場の看板に大きく描かれている顔だった。
 この役者さんは、男?
 それとも女?
 どちらなのか、ぜんぜんわからなかった。
 ふりかえったお侍さんと目があった。
 黒くてキラキラかがやき出しそうな目でしばらくぼくを見つめると、「ニッ」と笑った。
 ぞくぞくするような笑顔だった。
 笑いながら、お侍さんは番傘をさし、ゆうゆうと歩きはじめた。
 そして劇場へとつづく曲がり角に、スッと消えていった。
 ぼくはそれを、立ちつくしたままずっと見送っていた。
 けっきょくその日、ブランコにはのらずに帰った。
 そういえば明日おばあちゃんと見るお芝居、きっとあのお侍さんも出るんだろうなと、うちに帰ってから気が付いた。

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2020年10月06日

「ブランコ一回転!」第三章9


「ヒサト、どうした? お母さんがいってたけど、昔の小学校のことで、なんか聞きたいんだって?」
 リビングに入ると、おかずをつまみながら、お父さんが声をかけてきた。
 一杯やって、きげんはいいようだ。
 ぼくは、ちょっと洗たく機の音に耳をすました。
 母さんの洗たくはいつおわるかわからない。
 時間がもったいないので、前おきぬきで単刀直入に聞くことにした。
「お父さんは、小学生のころブランコで一回転したことある?」

 ぶうううっっっっ!!!!

 お父さんは、口にしていたお酒をふき出した。
 つづいて、ゲホゲホとせきこむ。
 その反応に、ぼくは手ごたえを感じた。
(これはビンゴだな……)
 お父さん、どうやら心当たりがあるらしい。
「ヒサト、おまえそれ、だれに聞いたんだ?」
 ゼーゼーいいながら、お父さんが聞いてくる。
 ぼくは、これまでのことを手短に説明した。
 二子浦小学校に昔から伝わってる「十年前にブランコ一回転に成功した伝説の子ども」のウワサ。
 トノサマやタツジンと調べたところ、ブランコ一回転は、どうやら不可能であるらしいこと。
 昔のことを知っているマサムネ先生にたしかめてみると、うちの小学校では、何年かに一度、「ブランコ一回転さわぎ」がおこるらしいこと。
 とくに二十二〜三年前の、最初のブランコ事件ではケガ人まで出たらしいこと。
 などなど……
 ぼく自身がブランコ一回転にチャレンジしていることは、念のためふせておく。
 すると自動的に、レンのことも話さないでおくことになる。
「マサムネ先生って、梶原マサムネ先生か?」
「うん、そう」
「そーかー。そういえばあの先生、まだいるんだったな……」
 お父さんは少し考えてから、決心したようにいった。
「あのな、ヒサト。その〜、最初のブランコ一回転事件で出たケガ人っていうのは、実はオレのことだ」
(ゲッ!)
 ぼくはびっくりした。
 最初のブランコ事件でケガをした、二子浦小学校伝説お調子もの!
 その当人が、今目の前にいる!?
 しかもそれが、他ならぬぼくのお父さん!
(お父さんって、もしかして、バカなの?)
 もちろん声には出していない。
「まて! おちつけ! おまえ今、オレのこと、バカだって思っただろ?」
「……いやぁ、……べつにぃ……」
「い〜や、思ってる! その顔は完全にバカにしてる!」
 お父さんはそこまで言ってから、思い出したようにコップのお酒を一口飲んだ。
 そして、ため息を一つついてから、再び話し始めた。
「いいか、ヒサト。これにはな、深〜〜〜〜いわけがあるんだ。たしかにオレはあんまり頭の良くない子どもだったけど、いくらなんでも、ブランコ一回転が本当にできるとは思ってなかったぞ!」
「でも、チャレンジはしてたんでしょ? それでやりすぎて、ブランコから落ちてケガしたんでしょ?」
 やっぱりバカじゃんと思いながら、ぼくはつっこみを入れた。
「それはまあ、その通りなんだけどな」
 ゴホンと一つせきをして、お父さんはすわりなおした。
「じつはな、あのころ、ちょっとふしぎなことがあったんだ」
 お父さんの話は、こうだった。
「いつごろからだっただろうな。たしか、夏休み明けごろだったから、ちょうど今と同じ、九月のことだったと思うんだけど……。
 このあたりの公園で、ブランコのすわる板の部分が、上の骨組の鉄棒に、ひっかけられてるイタズラが連続するようになったんだ。
 はじめはたんなるイタズラだろうと、だれも気しなかったんだが、あんまりつづくし、だれも犯人を見かけたことがないのがふしぎだった」
「……!?」
 意外な話のなりゆきに、ぼくは言葉が出てこなくなった。
 なんてことだ!
 今このあたりでおこっているイタズラ事件と、まったく同じことが二十三年前にもおこっていたとは!
 お父さんはつづける。
「それで、なんとか犯人を見つけてやろうと思って、お父さんは放課後、あちこちの公園をパトロールすることにしたんだ。一週間ぐらい見回ったんだけど、なかなか犯人は見つからなかった。そのかわり、普段このあたりではあまり見ない、かわったヤツをたびたび見かけるのに気づいた」
「かわったヤツ?」
 お父さんは、チラッとリビングのドアの方を見た。
 まだ洗たく機の音は続いている。
 この音は脱水。
 大丈夫。
 もうしばらくは、お母さん抜きで話がつづけられそうだ。
 お父さんは、コップのお酒を一口のんだあと、少し声をひそめながらつづけた。
「それがな、見たこともないほどのすごい美少女なんだ」
「美少女って……女の子?」
「そう、びっくりするほどきれいな女の子。すらっと細くて背が高くて、長いかみの毛を頭のうしろで一つにたばねてた……」
 お父さんはまた一口、お酒をのむ。
「年はたぶんお父さんと同じか、ちょっと下くらいだと思うんだけど、小学校ではぜんぜん見かけたことがなかった。
 あの顔は一回見たらわすれるはずがないから、きっとよその学校の子だったんだろうと思うけど、だれともしゃべらないで、いつも一人で遊んでいた。
 いや、遊んでるというより、なにかトレーニングをしてるみたいだった。
 すごい美少女なのに地味なジャージを着て、鉄棒やブランコをしたり、柔軟体操みたいなのをやっていた。
 今かんがえると、なにかのスポーツの選手だったのかもしれないなあ。
 ブランコの犯人をさがしてあちこちの公園をまわると、たまにその女の子を見かけるようになって、今度はそっちが気になりはじめた。
 なにせすごい美少女だから、どこのだれなのか知りたかったんだが、いつもニコリともせずに一人でハードトレーニングをやってて、ちょっと話しかけづらい。
 しかたがないから、その女の子を横目に、同じ公園でしばらく遊んだりしていた。
 一週間ほどそんなことをやってるうちに、ある日、事件がおこった」
「事件?」

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「その日もお父さんは、公園でその女の子を見かけた。
 どうしようかと思ったけど、話しかけられなかった。
 もう夕方で、ほかにはだれもいなかった。
 女の子はブランコをやってる。
 ものすごく大きくこいでいて、ブランコがほとんど水平になるぐらいだった。
 やっぱりなにかのトレーニング中みたいだったな。
 しかたがないから、お父さんは同じ公園で、木のぼりなんかをしていた」
「木のぼりって、もしかして駅前のいなり公園のクスノキのこと?」
 このあたりには、ほかにのぼれるような大きな木のある公園は少ないのだ。
「よくわかったな。そう、あの公園だった」
 ドクンッと、ぼくのむねが鳴った。
 ぼくがレンと会ってるのと、同じ公園だ……
 お父さんはつづける。
「それから、木にのぼって女の子から目をはなしてた時、急に『ガシャーン!』と大きな物音がしたんだ。
 なにごとかと思ってブランコの方を見たら、女の子がブランコの手前の方にしゃがみこんでいて、そのうしろではブランコがでたらめにグラグラゆれていた。
 びっくりして、思わず木の上から『おい、だいじょうぶか?』と声をかけた。てっきり女の子がブランコから落ちたと思ったんだ。
 でも女の子は、なにごともなかったようにスッと立ちあがって、こっちを見た。
 しばらくジーッとこっちを見たあと、そのまま走ってどこかへ行ってしまった」
「平気で走って行ったってことは、ケガはなかったんだね?」
「そうみたいだな。ブランコを高くこぎすぎて、落ちたってことはなさそうだった。
 あわてて木からおりてブランコを調べてみると、ロープが上の鉄棒に一回引っかかってぶら下がっていた。
 はじめからちゃんと見てたわけじゃないけど、女の子がブランコにのってたときは、ふつうだったはずだ。
 どういうことか、しばらくかんがえて、背すじがゾクッとした」
「まさか、お父さんが木のぼりでしばらく目をはなしてるあいだに……」
「そうそう、女の子がブランコで一回転したことになるんじゃないかと思ったんだ……」
 ぼくはゴクリとつばをのんだ。
「あとから何回も思い出してみたんだけど、やっぱり一回転したとしか思えなかった。
 木のぼりで女の子から目をはなしたのは、ほんの短い時間だったはずだし、その間もブランコをこいでる音はずっと聞こえてた。
 わざわざブランコの板をもちあげてひっかけたなんてことは、ぜったいなかったはずだ。
 なあ、ヒサト、おまえどう思う?」
 ぼくは、なんとも答えられなかった。
 お父さんの様子は、まるで昨日見たばかりのふしぎな事件のことを話すようだった。
 よほど強く記憶にのこった、わすれられない事件なのだろう。
「女の子が本当に一回転したのかどうか、どうしてもたしかめたくて、それから自分でもためしてみるようになった。
 友だち何人かに女の子のことをはなしたら、あっというまにウワサになって、小学校中でブランコ一回転が大流行しはじめた。
 なにせ、とてもムリだと思ってた一回転を、本当にやったかもしれない子供の目撃情報が流れたんだから、みんな本気になる。
 それで、いいだしっぺが負けちゃいけないと思って、気合いを入れてブランコをこいでるうちに、オレは落ちてケガをしてしまったってわけだ」
「ちょっと待って! ということは……」
 ぼくばしばらく頭を整理してから言った。
「お父さんが最初のブランコ事件がおこるきっかけを作った、その張本人じゃん!」
「ひ、人聞きの悪いこというな!」
 お父さんはあわてて手をふった。
「きっかけの張本人は、オレじゃなくてその女の子だろうよ! むしろオレは被害者じゃないか?」
「……そーかなー。じゃあ、その女の子はどうなったの?」
「わからん。それっきり見かけなかった。本当に一回転したのかたしかめたくて、あちこちさがしたんだけど、もうどこにもいなかったなあ……」
 そこまではなした時、洗たくのおわったお母さんが、リビングに顔をのぞかせた。
「なに二人でもりあがってんの? ヒサト、お父さんに昔の小学校のこと、聞けた?」
 ぼくとお父さんは、あわててうなずいて、過去の悪事の話題を切り上げたのだった。
 ちょっと疑わしそうにこっちを見たお母さんは、ふと思い出したようにぼくに言った。
「そうそうヒサト、明後日の日曜日なんだけどね、ちょっとおばあちゃんにつきあってあげてよ」
「ええ〜、どうして?」
「おばあちゃんから電話があってね、ヒサトとお芝居を見に行きたいんだって。あんた駅前の劇場でやってるお芝居のことで、おばあちゃんと何か話したんでしょ?」
 そう言えばそんなこともあった。
 ブランコの練習で通ってるいなり公園、その近くにある劇場でやってる時代劇のこと、おばあちゃんに聞いてみたんだった。
「せっかくおばあちゃんがさそってくれてるんだから、行ってらっしゃいよ。明日は映画だし、明後日はお芝居なんて、あんたうらやましいわ!」
 もともと興味はあったので、ぼくはおばあちゃんとお芝居を見に行くことにした。

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2020年10月05日

「ブランコ一回転!」第三章5〜8


 夕方、いなり公園。
 ぼくが早めに着いたせいか、レンはまだ来ていなかった。
 今日も、公園にはほかにだれもいない。
 一人でクスノキの下のブランコにのりながら、ぼくはいろいろ、かんがえている。
 ブランコはあまり強くこがない。
 ぎりぎりいっぱいまで高くこいで、「水平のカベ」をこえようとは、もう思っていない。
 その方向で一回転はできない。
 それはこの二〜三日でよくわかったし、それより前からも、なんとなくわかってはいた。
 タツジンが見切りをつけた時点で、もう半分ぐらいはできないとわかっていたし、トノサマの情報や、マサムネ先生の話を聞いて、のこり半分もなっとくできた。
 ケガをするとわかり切っていることは、さすがにもうできない。
 それでもまだ、ぼくはブランコをこいでいる。
 不可能だとわかっても、その先にまだなにかあるんじゃないかと、そう考えているぼくがいる。
 タツジンは、天才的な運動神経や体の感覚で、一回転は不可能だと見切りをつけた。
 トノサマは、こまかく調べ上げることで、うちの学校の伝説をほとんど解明してしまった。
 その先に行くとしたら、何がある?
 タツジンでもトノサマでもなく、ぼくだけにできることってなんだろう?
 昨日のレンを思いかえす。
 意味はよくわからなかったけど、ブランコ一回転について話しながら、みごとにブランコをけりあげて見せたレン。
 まだちゃんとたしかめてはいないけど、レンはたぶん「ブランコ一回転」について、なにか知ってる。
 すくなくとも、ぼくと同じように、一回転という不可能なことを、なんとかしようとしている。
 レンは、タツジンと同じか、それ以上の運動の天才だ。
 ただ、タイプはちがう。
 野球のピッチャーにたとえるなら、タツジンは直球勝負で、レンは変化球投手みたいな気がする。
 まともにぶつからないで、かわして技でなんとかするタイプではないだろうか。
 同じ運動の天才でも、タイプのちがいが、ブランコ一回転に見切りをつけるかどうかのちがいになっている。
 ぼくは、どうか?
 運動の才能はあまりないから、くらべるとしたらトノサマだ。
 トノサマはなんでも真正面からまともに調べ上げて、一直線に、最短距離で正解をさがそうとする。
 運動と勉強のちがいはあるけど、タイプでわけるなら、トノサマはタツジンと同じ、直球勝負タイプだ。
 ぼくは?
 ブランコにゆられているうちに、ハッとひらめくものがあった。
 そうか、わかった!
 ぼくは、「ものの見方」の変化球投手なんだ!
 なにか解けない問題があったとき、見方を変えて考える。
 まっすぐ見ないで、横から、ななめから、ときにはうらがわ、逆方向からながめてみる。
 真正面からの正解じゃなくても、結果が同じなら、それで良しとする。
 そういうところがある。
 そして、そういうところは、あのレンの、つかみどころのない態度と似ているかもしれない。
 そこまでかんがえて、ふと公園の入り口の方を見ると、そこにレンが立っていた。
 ニッと、笑っていた。
 その顔を見ると、ぼくの心のチャンネルは切りかわってしまう。


「昨日いってたあれ、どういうこと?」
 二人ならんでブランコにのりながら、ぼくは聞いた。
「あれってなに? オレ、なんかいったっけ?」
「ほら、あれ。『やるヤツがいて、それを見るヤツがいる』っていうの」
 レンは小首をかしげながらいった。
「ああ、そんなこともいったかなあ……」
「いったよ。『そこにカギがある』ともいってた」
「うん、なんとなく思い出してきた」
「教えてよ」
 レンは少し考えてから、いった。
「ヒサトはマンガとか、本とか読むだろ?」
「読むよ。けっこう好きだ」
「映画とかお芝居は?」
「たまに見るくらいなら」
「見て、面白いと思う?」
「う〜ん、面白いのは面白いし、つまんないのはつまんない」
「そりゃそうだ」
 レンはぼくの答えに、プッとふきだした。
「じゃあ、マンガや本や映画、なんでもいいから、面白いの限定で聞くけど、ヒサトはそういう作品を見て、本気で笑ったり泣いたりする?」
「するする! そうなるのが面白い作品ってことでしょ!」
「でも、作品ってことは、本当じゃないってことだよな?」
「まあ、作りモノだよね」
「作りモノを見て本気で笑ったり泣いたりするって、ちょっとフシギじゃないか?」
「いわれてみればそうかも。ウソから本当の心が作られるってことだもんね」
「やってることは本当じゃないんだけど、やる方と見る方の間で、本当のことの幻が生まれることがある。それがカギだ」
「それは、ブランコ一回転のこと?」
「それもあるけど、それだけじゃない」
 そこまでいって、レンはふっと目をそらした。
 フワッとブランコからとびおりる。
 例の、体重がないみたいな動きだ。
「……ちょっと長く話しすぎた。もう行かなきゃ」


「明日は土曜日だけど、来れる?」
 ふりかえったレンが聞いてきた。
「ごめん、明日はちょっと……」
 ぼくは答える。
「午前中習い事で、お昼からは映画を見にいくんだ。お母さんといくから、そのあと買い物とかで、おそくなるかも」
「そうかあ……」
 レンは少しうつむいた。
 レンががっかりしてるみたいに見えたので、ぼくはあわてていった。
「あさってだったら、一日あいてるよ。ゆっくり遊ぼうよ」
「ごめん。おれ、日曜日もこの時間しか遊べないんだ」
 申しわけなさそうにいう。
 ぼくはわざと明るく答えた。
「ぜんぜんいいよ! じゃあ、あさっての五時ごろ、ここでいい?」
「うん、それから……」
 レンは少しくちごもる。
「なに?」
「う〜ん、やっぱりいいや! 日曜日、ぜったい来てくれよ!」
「うん、ぜったい来るって!」
 今日はレンより先に、ぼくがブランコを立った。
 公園入口の自転車にまたがってふりかえると、ブランコから立ったレンが、こっちを見ていた。
 ぼくが「バイバイ」と手をふると、レンもニコッと笑って手をふった。
 そろそろわかってきたけど、レンには二つの笑顔がある。
「ニッ」という、あやしい笑顔と、「ニコッ」という、あやしくない笑顔。
 今は、あやしくない方の笑顔だった。
 思ったより暗くなってしまった帰り道、ぼくは自転車をとばして家へといそいだ。

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 夜。
 フロ上がりのぼくは、リビングにむかった。
 フロに入ってるとき、物音と声で、お父さんが帰ってきたのがわかった。
 今は晩ごはんを食べてるはずだ。
 ぼくのお父さんは地元出身で、ぼくと同じ二子浦小学校に通っていた。
 今、三十四才。
 小学生が七才から十二才までだとすると、お父さんが小学校に通っていたのは二十二年以上前ということになる。
 マサムネ先生から教えてもらった「最初のブランコ事件」と、ちょうど重なってるんじゃないか?
 もしかしたら、事件のことを知ってるんじゃないか?
 というのが、トノサマの意見だ。
 お父さんは、今、一人でお酒を飲みながら晩ごはんを食べている。
 タイミング良く、お母さんは洗たく中だ。
 今なら洗たく機の音で、ブランコ一回転の話をしても聞こえないだろう。
 お母さんがいるとまずいけど、お父さんなら、ブランコ一回転のことを話してもだいじょうぶだろう。
 うまくいけば、ノリノリで教えてくれるかも……
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2020年10月02日

「ブランコ一回転!」第三章1〜4

第三章


 翌日、九月二十七日。
 金曜日の放課後だ。
 トノサマ、タツジン、ぼくの三人は、梶原マサムネ先生のいる体育準備室にむかった。
 マサムネ先生は体育の担当、ものすごく体の大きなオジサン先生だ。
 なんでも若いころは、けっこう有名な柔道の選手だったらしい。
 怒ると、ものすごくこわい。
 怒っていなくても、こわい。
 顔がこわい。
 声や話し方が、もうこわい。
 できればあんまりお近づきになりたくないんだけど、今日はしかたがない。
 トノサマの調べによると、先生の中で、一番昔からの二子浦小学校を知っているのがこの先生なのだ。
 なにしろ、二十年くらい前から知っているそうなので、例の「伝説のブランコ一回転」のウワサ話のことを質問するなら、マサムネ先生をおいてほかにいない。
 体育準備室は、体育館の中にある。
 ぼくとタツジンは、ふだんからよく怒られているので、ここは優等生のトノサマを先頭におしたてて、うしろにかくれるようにつづいた。
 トノサマは、ぼくたちとちがって、ほとんど怒られたことがない。
 だから、タツジンとぼくがなにをそんなにこわがっているのか、ぜんぜんわからないようだった。
 わからないことを先生に質問しにいくのに、なんのえんりょがいるものかと、平気で前へ進んでいく。
 もう少しゆっくり歩いてくれた方が心の準備ができるのだけど、そんなことをトノサマにいっても、どうせわかってくれない。
 ぼくたち三人は、歩きながら、これまでにわかったことを確認した。
 まず、トノサマの報告は、こうだ。
「ぼくのお父さんは、そんなウワサ聞いたことがないって。お父さんは今四十五才だから、三十年以上前には、例のウワサはなかったということになるね。まあ、昔のことだから、たんにお父さんがわすれてるだけって可能性もあるけど。ヒサト君はどうだった?」
「うちのお父さんは、昨日帰りがおそかったから聞けなかった。でも、今夜はたぶん、聞けると思う」
 残る一人、タツジンのお父さんは、地元出身ではない。
「う〜ん、今のところ、大して収穫なしだね。これはマサムネ先生に期待だなあ」
 トノサマはますます足をはやめ、ぼくとタツジンはしぶしぶそれについていく。
 しばらくして、体育準備室に到着した。
 開いていたドアから中をのぞきこむぼくたちを、古びたソファにすわった梶原マサムネ先生が、じろりとにらんだ。
「なんだおまえら」
 やっぱり、こわい。
 何もしゃべらないうちから、もう怒られているような気がしてくる。
 ぼくとタツジンは、トノサマをたまよけのシールドとして前にグイッとおしやった。
「梶原先生、おいそがしいところ、失礼します。ちょっと質問したいことがあるんですけど、今いいですか?」
 さすがトノサマ。
 先生に対してちゃんとした言葉づかいができる。
 マサムネ先生も、こちらにむいてすわりなおして「まあ入んなさい」と、部屋にまねきいれてくれた。
 でも、「こわくない」マサムネ先生は、そんなに長くはつづかなかった。

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「なにい! 十年前にブランコ一回転に成功した伝説の子供だと!」
 マサムネ先生は、トノサマの質問に目をむいた。
「まだそんなバカなウワサがつづいてるのか! めんどうなことになってきたもんだ……」
 うでぐみしながら、ふきげんそうにつぶやく。
「じゃあ先生は、そのウワサを聞いたことがあるんですね?」
 トノサマがそう聞くと、マサムネ先生はちょっとすわりなおしてから、こういった。
「あのな、そのウワサ、たぶん出所はワシだ」
「えっ!」
 ぼくたち三人が、同時におどろきの声をあげる。
「先生がウワサ話を流した犯人なんですか?」
 ぼくが思わずそう聞く。
「バカ! 人聞きの悪いことをいうな!」
 一度声を荒げてから、思い直したようにトーンを落として言った。
「う〜ん……、仕方がないな。このさいちゃんと説明してやるから、よく聞いときなさい」
 マサムネ先生の説明は、こうだった。


「ずっと昔。そうだな、もう二十年以上前になるかな。この小学校で、ブランコで一回転しようとするのが大流行したことがあったんだ。なんでも当時、本当に一回転に成功した子どもが、いるとかいないとかいう話でな……」
「本当にいたんですか?」
 ぼくは思わず身をのりだした。
 マサムネ先生は、じろりとぼくをにらみつける。
「たんなるウワサだ。いいから、しばらくだまって聞いてなさい。第一、ブランコで一回転なんぞというのは、物理的に不可能なんだからな」
 トノサマはうなずき、ぼくはそっぽをむく。
 タツジンは無反応。
 マサムネ先生はつづけた。
「とにかく、ワシが教師になってすぐのことだったから、もう二十二〜三年前のことだ。
 当時、だれがいいだしたのか知らんが、ブランコで一回転した子どもがいるというウワサが一気に広まったことがあった。
 それでうちの小学校の生徒、とくにバカな男子連中が、われもわれもと一回転に挑戦しはじめてな。大流行になってしまった。
 遊びですんでるうちはよかったんだが、かげんのわからん子どものやることだ。
 ついにケガ人まで出て、さわぎが大きくなった。
 学校でも放っておけなくなって、『ブランコ一回転禁止!』となったわけだ。
 わざわざ全校集会を開いて、それが不可能であることと、いかに危険かということを説明して、放課後も校区内の公園を先生みんなでまわって注意したり、今思い出しても、あれは大変だった……」
「それで、どうなったんですか?」
「一応、そのときはそれでおさまったんだが、その後も何年かに一度、『ブランコ一回転の伝説の子ども』のウワサが広まるようになって、そのたびに生徒を集めて注意しなければならなくなったんだ。
 とくに、最初の事件から十年後くらいに、かなりウワサがもりあがったことがあってな。そのときにも、ちょっとケガ人が出た。
 ほうっておけないから、また全校生徒を集めて厳重注意だ。そのときにワシは、こう言ったんだ。『今から十年前にも、ブランコ一回転した子どものウワサが広まって、ケガ人が出たことがある。そういうことは危険だし、不可能だから、ぜったいにやらないように』とな……
 するとだ、それから後のウワサでは、『ブランコ一回転した伝説の子ども』に、『十年前』という言葉がつくようになってしまったんだ」
 ぼくたち三人は、意外な話の展開にちょっとおどろいた。
「ということは、先生の注意が伝言ゲームみたいに伝わるうちに、変なふうに省略されて、『十年前にブランコ一回転に成功した伝説の子どもがいる』というふうに、広まってしまったということですね?」
 トノサマの推理に、マサムネ先生がうなずく。
「おそらく、そういうことだろうな。まったく子どもというのは、テキトーでこまる。しかし、ここ数年ウワサを聞かなかったと思ったら、また広まり出しているんだな……」
 うでぐみをしているマサムネ先生を見ながら、ぼくは、こういうのが「苦虫をかみつぶしたみたいな顔」というのかなと思った。
「いいか、おまえら。おかしなウワサを真に受けて、ブランコ一回転なんて、ぜったいにやっちゃいかんぞ。ウワサを流すのも禁止だし、流してるヤツを見かけたら、ちゃんと注意しとくんだぞ。本当に、たのむぞ」
 いつもこわい先生が、さいごの方は、ぼくたちにすがりつくような話し方になっていた。
 よほど昔の事件でひどいめにあってきたんだろう。
 ぼくたち三人は、お礼をいって、そそくさと体育準備室をあとにした。
 これ以上ねばって、話の流れでぼくが一回転に挑戦中であることがバレたりしたら、また話がややこしくなる。


「今の話、どう思った?」
 歩きながら、ぼくはトノサマに聞いてみた。
「う〜ん。うちの学校の『ブランコ一回転伝説』が、二十二〜三年前にはじまったらしいことはわかったし、それに『十年前』という条件がついた理由も、たぶん解明できたね。一応、うちの学校に伝わってるウワサの由来は、全部説明できてたと思うよ。」
「じゃあ、これで解決ってこと?」
「……それでもいいんだけどね。まだちょっとだけわからないことも、のこってる」
「わからないことって?」
「そもそも二十数年前の最初の事件のとき、なぜケガ人が出るほどブランコ一回転が大流行したのかっていう、スタート地点がはっきりしないね」
 たしかに、一回転を目指してみても、普通はこわくなって途中でやめるので、ケガをするところまでは行かない。
「でもよー、おまえ昨日、ブランコ一回転のウワサだけだと、けっこうどこにでもあるっていってたじゃん。だったら、そこは大して問題ないんじゃねーの?」
 これはタツジンの意見。
 トノサマはうなずく。
「そうだね。ケガ人が出るほどもりあがったってところは気になるけど、ぼくはまあ、なっとくしてるよ。あと、なにかわかるとしたら、ヒサト君のお父さんだね」
「うちのお父さん?」
「キミのお父さん、三十四才だったよね。さっき先生の話を聞いてて気づいたんだけど、最初のブランコ事件が二十二〜三年前だったとしたら、ちょうどキミのお父さんの小学生時代と重なってるんじゃないかな?」
「34―22=12か。ほんとだ。うちのお父さんが五年生か六年生のころになるね」
「もしかしたら、最初の事件を直接知ってるかもしれないよ。だから、あとはヒサト君のお父さんの情報次第って気がする」
 いつもながら、トノサマの分析には感心する。
 ぼくたちは、校門のところでわかれて、それぞれ帰ることにした。

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2020年10月01日

「ブランコ一回転!」第二章6〜8


 その日の放課後も、ぼくは一人、トレーニングだ。
 お昼のトノサマの話で、まともにこいでブランコで一回転するのは、どうやらムリらしいということはわかった。
 まあ、うすうすわかってはいたんだけど、今日はじめて、頭でなっとくできた。
 それはそれとして、ぼくは少し前から、まともに一回転するのじゃない工夫をさぐりはじめていた。
 一回転じゃないけど、一回転。
 そんな方法が、きっとあるはずだ。
 ものの見方をかえるんだ。
 そして、ものの見方をかえるには、今のふつうのものの見かたを、最後の最後までつきつめなくちゃいけない。
 今できるのは、トレーニングをつづけることだ。
 一通りコースを巡るころには、太陽がかなりかたむき、風には冷たさがまじってきている。
 ついこの間まで夏休みのような気がしていたのに、もうずいぶん「秋」だなと思う。
 こういう冷たい風が吹く時間帯も、どんどん早まってきているような気がする。
 まだ夏服のままなので、ちょっと寒い。
 ブルッと身ぶるい一つしながら、ぼくはトレーニングコースの最後にむかう。
 いなり公園だ。
 駅前商店街をぬけながら、思わず知らず、ぼくはドキドキしてきている。
 ぼくはいつの間にか、いなり公園のブランコにむかう目的が、トレーニングのためなのか、レンともう一度会うためなのか、わからなくなってきた。
 あいつ、本当に今日も来ているのだろうか?
 いっしょにブランコに乗ることができるのだろうか?
 もうすぐ公園に到着する。
 飲食店の角を曲がると、時代劇をやっている劇場が見えてくる。
 あいかわらずハデな色のカンバンが見えてくる。
 そして、そのカンバンの横の路地をまがると、もうすぐにいなり公園がある。


 公園が近づくと、ブランコをこいでいる音が聞こえてきた。
 一人ブランコをこいでいる少年が見えてくる。
 遠くからでもすぐわかる。
 あのなぞの美少年、レンだ。
 うすぐらくなってきたビルの谷間の公園に、今日もレンは一人でいた。
 ぼくが公園入り口あたりに自転車を止めると、気づいたレンもブランコを止め、「ニッ」と笑った。
 あの、あやしい笑顔だ。
「来たよ!」
 ぼくはそれだけいって、さっそくレンのとなりのブランコにのる。
 たくさん聞きたいこと、話したいことがあった気がするんだけど、ぜんぶ頭からとんでしまった。
 そもそも、ぼくとレンは昨日会ったばかりで、少し話して、いっしょにブランコにのっただけだ。
 まだ「友だち」といえる自信は、ぼくにはない。
 ぼくのほうは、一目見たときからレンのことが気になってしかたがなくて、できれば友だちになりたいと思っている。
 でも、レンはどう思っているのか、わからない。
 レンの笑顔を見ると、ぼくはなんにもいえなくなった。
 だからさっそくブランコをこぎはじめる。
 そんなぼくを、レンは自分のブランコにすわって、だまって見ている。

bi-006.jpg


 しばらくこぐと、ブランコのふりは大きくなり、だんだん「水平のカベ」に近づいていく。
(もう少し、もう少し……)
 そして、前の方にゆれきったちょう点で、足もとのブランコの板がふっと消えてしまったような感じになる。
 水平のカベだ。
 それ以上はちょっとこわくなって、こげなくなってしまう。
 頭ではいっしょうけんめいなんだけど、どうしても体の方がついてこない。
 怖さから、体に勝手にブレーキがかかってしまう。
 やがてぼくはあきらめ、立ちこぎをやめる。
 まだ大きく動き続けているブランコの板にすわり、一息ついて、ブランコが自然に止まるまでのゆれに身をまかせる。
 同じだ。
 いつもここで行きづまる。
「そう、そこからどうするかなんだよね」
 レンがいきなり声をかけてきた。
「ブランコ一回転のカギは、そこ」
 まるでぼくの頭の中を、そのままのぞきこんでるようなことばだった。
「ヒサトはどう思ってる? そのまま力まかせってわけじゃないんでしょ?」
「まともにぶつかってもできないってことは、よくわかったよ」
 ぼくは答える。
「このままだと、たぶんケガする」
「そうだね」
 レンはブランコからおりて、まわりにある鉄パイプのさくの上に、スッと立つ。
 両手でバランスをとることもなく、むぞうさに歩いていく。
 やってることはつなわたりに近いはずなのに、レンの動きだけ見てると、道路の白線の上を、なにげなく歩いているだけみたいだ。
 やがてさくのさいごまで歩くと、フワッと地面にとびおりた。
 そして、さっきまで自分がのっていたブランコのうしろにまわり、すわるためのプラスティック板を、グンッと、ける。
 押すような、のびのあるけり。
 ブランコが、たった一発のけりで、大きくスイングする。
 もどってくるブランコに、レンは次々にけりを入れていった。
 細くて長い足が、おどるように回転しながら、ブランコを加速させていく。
 ただ力まかせに足をぶつけてるんじゃなくて、もどってきたブランコが再び前にゆれもどす動きにあわせて、うまく自分の足の力をプラスしているのがわかる。
 公園のブランコを足でけりまくっているのに、レンのけりのフォームがきれいなせいか、少しも乱暴には見えなかった。
「ヒサトは、なんでここのブランコで一回転にチャレンジしてるの?」
 けりながら、息も切らさずレンが聞いてくる。
「……材料が軽くて、低いから」
「やっぱり、そこまでわかってたんだね」
 レンは連続してけりを入れながら、じわじわ前に移動していった。
 そして、前にふりきったブランコの、ほとんど真下まで移動したとき、ブランコのふり幅は、ちょうどぼくの考える「水平のカベ」の状態になった。
 レンはさいごに一つ、大きな動きでブランコにけりをいれると、スッと横に身をかわした。
 一瞬あとに、さっきまでレンが立っていた位置に、ガシャンと音を立てながらブランコのプラスチック板が落ちてきた。
「やるヤツがいて、それを見るヤツがいる。そこになにかカギがあるはずなんだ」
 ひとり言のように、そういった。
「ごめん、ヒサト」
 レンはこちらをふりかえった。
「オレ、そろそろ行かなきゃ」
 レンの動きに見とれたようになっていたぼくは、ハッとわれにかえった。
「レン、明日も来れる?」
 今日はぼくのほうからきいてみた。
 レンはニコッと笑った。
「もちろん!」
 あまりあやしくない笑顔だった。
「じゃあ」
「うん、また明日」
 レンはそのまま音もなく、公園から走り去った。
 劇場の角を曲がって、姿は消えていく。
 ふと気づいて、レンがのっていた方のブランコのロープを、下から上へと目でなぞった。
 今日は、上の鉄の骨組みに、引っかかってはいなかった。


 その夜、晩ご飯を食べたあと、ぼくは洗いものをしているお母さんに聞いた。
「今日はお父さん、何時くらいに帰ってくる?」
「今日はちょっとおそいみたい。九時半ぐらいかな」
 話を聞くのはちょっとムリか。
「じゃあ、明日は?」
「明日はそんなにおそくならないと思うけど、どうしたの?」
「いや、ちょっと聞きたいことがあって」
「聞きたいことって?」
「うん、昔の二子浦小学校について調べてるんだ」
 ぼくは「ブランコ一回転」のことをかくしながら話すのに苦労した。
 お母さんにバレると「あぶない」とか「校区外の公園に行くな」とか、いろいろ話がややこしくなるに決まってるので、なんとかごまかさないといけない。
「なにそれ、宿題かなにか?」
 ちなみにお母さんは、うちの小学校出身ではないので、ブランコ一回転のウワサについて聞く必要はない。
「え〜と……」
 ぼくはほんの一瞬だけ、答えを考えた。
 お母さんはぼくの悪事を見抜くことにかけては達人だ。
 ほとんど超能力者みたいに感じることがある。
 なので、よけいなことはいっさい話さないにかぎる。
 そして、ウソはいけない。
 ウソをつくと、言葉のはしっこが弱くなって、すぐばれる。
 答えるのにあまり長い時間をかけてもいけない。
「宿題ってわけじゃないんだけど、トノサマが昔の小学校について調べてて、その手伝いなんだ」
 今、ぼくはべつにウソはついていない。
 ただ、全部はしゃべっていないだけだ。
「トノサマって、殿山マサル君?」
「そうそう!」
 トノサマの名前を聞いて、お母さんは一安心したようだ。
 さすが優等生のクラス委員は、うちの親にも信用がある。
 こういうときは、タツジンの名前は出さない方がいい。
 今まで何回もいっしょにあぶない遊びをして、おこられてきた前科がある。
 これ以上よけいなことをしゃべってボロが出ないうちに、ぼくはさっさとフロに入ることにした。
 明日の夜、お父さんに話を聞けば、なにか新しいことがわかるかもしれない。

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